『チェルノブイリ並み被ばくで多発する福島甲状腺がん 線量過少評価で墓穴をほったUNSCEAR 報告』

            大阪唯物論研究会会員 城 崎 肇

 さる3月31日、「福島原発事故による甲状腺被ばくの真相を明らかにする会」が、表題の書籍を「耕文社」から世に出した。東京電力福島第一原子力発電所の事故から12年が経過した。あたかも福島原発事故などなかったかのように、岸田政府と電力各社は、GX推進法を成立させ、原発の再稼働を急ぎ、世界的に見ても類を見ない老朽原発の運転、運転期限の際限のない延長策、「新型炉」の研究開発に大きく舵を切った。事故の傷跡は今もいたる所に残っている。それにも関わらず、事故の傷跡を見えにくくするために邁進している。高線量地域での避難解除、避難者への支援の一切の打切り、被ばくによる小児甲状腺がんの多発、増え続ける汚染水、約束破りの汚染水放出計画の推進、基盤のコンクリートが失われた事故炉の倒壊の危険などの深刻な諸問題を覆い隠す作業を続けてきた。そして多くのマスメディアも、そのような政府と電力各社に忖度している。

 政府は、これらの深刻な諸問題を大した問題でない、あるいは全然問題ないかの宣伝を、いわゆる御用学者を動員して行ってきたし、今も続けている。さらには、国連関連諸機関を使って自己の正当性を担保してもらうことに努めている。汚染水の海洋放出については『国際原子力機関(IAEA)』が、小児甲状腺がんについては『原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR)』が、政府の見解にお墨付き、安全宣伝の口実を与えている。ごく普通の人なら、国連が関係した国際機関の専門家がお墨付きを与えているなら「正しいのだろう」と思うだろう。そこが政府や電力会社の狙いである。

 しかし世の中には、研究費や種々の委員委託費等による利益供与を受けて、平然とニセ科学を駆使する御用学者とは異なり、科学者の良心に忠実で被害住民の側に立って奮闘する学者がいる。今回発刊されたB5版の書籍は、その表題にあるように、多発する福島甲状腺がんという事実を否定する『UNSCEAR 報告』の非科学性を、様々な方面から徹底的に批判する誠実で勇気ある科学者たちの労作である。一人でも多くの人に購読してもらいたいと思い、読書案内をブログに掲載することにした。

福島第一原発事故後の小児甲状腺がん多発は動かない事実

 福島県の「県民健康調査」検討委員会が7月20日に開かれ、新たに14人が甲状腺がんの「悪性ないし悪性疑い」であると報告された。スクリーニングは5巡目に入っている。がん登録で把握された2018年までの集計外の患者43名を合わせると、原発事故当時福島県内に居住していた18歳以下の子供らの甲状腺がんは、手術後に良性とされた一人を除いて、358人となる。受診する割合が年々減っていることと、25歳と30歳の節目の検査での非常に高い有病率が気になる。小児甲状腺がんは稀な病気であり、先進国では、年ごとの発症率・罹患率は100万人あたり2ないし3人である。1巡目のスクリーニングでは約30万人から116人の「悪性ないし悪性疑い」が見つかった。100万人あたりにすると386人、3年かけた検査なので1年間100万人あたりに換算すると128人となる。スクリーニングで見つけられる有病率とがん登録等から把握される発症率・罹患率との間にある関係に基づいた分析をすると、数十倍の多発ということになる(平均有病期間が4年だとすれば32人、3年だと42人)。福島県の県民健康調査検討委員会・甲状腺検査評価部会はその「中間取りまとめ」(2015年3月)において、「我が国の地域がん統計で把握されている甲状腺がんの罹患統計などから推定される有病数に比べて数十倍のオーダーで多い」ことを認め、「この解釈について、被ばくによる過剰発生か過剰診断(生命予後を脅かしたり症状をもたらしたりしないようながんの診断)のいずれかが考えられる」としていた。前者は放射線被ばくによる過剰発生であるという主張であり、後者は見つける必要のないがんを見つけている過剰診断だという主張である。

 2巡目のスクリーニングでは27万人中71人に小児甲状腺がんが見つかった。2年かけた検査だったので年間100万人あたりに換算すると131人となる(1巡目よりも増えた)。1巡目の多発がいわゆるスクリーニング効果であったとすれば、2年後の2巡目のスクリーニング・検査ではがんは見つからないはずであった。事実は異なった、2年の間にがんが発生したのである。筆者はどんなに遅くてもここで放射線被ばくによる多発であるとして決着がついたと考えている。ところが、過剰診断論が台頭し現在に至っている。

「過剰発生ではなく過剰診断だ」との政府見解にお墨付きを与える国連科学委員会

 後に述べるように過剰診断論には無理がある。それでもどうしてそのような説が蔓延しているのか。私は、日本政府が国際機関を巻き込んで議論に混乱を意識的に持ち込んでいるからだと見ている。そのような国際機関の一つが「原子放射線の影響に関する国連科学委員会(UNSCEAR:アンスケア)」である。第五福竜丸をはじめとする、千隻に及ぶマグロ・カツオ漁船が被ばくした米国による南太平洋における水爆実験とその被害を受けて作られた組織である。国際連合におかれた科学をその名称に冠する組織が、そのような人権に反する、非科学的な振る舞いを本当にしているのであろうかという意味で中々受け入れてもらいにくいかも知れない。その真偽を理解するためにはUNSCEARがまとめた報告書(「UNSEAR2020年/2021年報告書」第Ⅱ巻科学的附属書B:福島第一原子力発電所における事故による放射線被ばくのレベルと影響:UNSCEAR2013年報告書刊行後に発表された情報の影響)を読んでいただく他に方法はない。ただしこれを理解しようとすると、大部であることに加えて、関連する英語で書かれた附属書も読む必要があり、普通に生活を送る者にとっては容易なことではない。ではプレス発表はどうであったか。「東電福島事故後の10年:放射線関連のがん発生率上昇は見られないと予想される」というタイトルのプレスリリースをそのまま垂れ流したのが日本国内のメディアであった。テレビも新聞も一色であった。

UNSCEAR報告書の非科学性に光を当てた心ある科学者たち

 そんな中にあっても何人かの研究者がUNSCEAR報告書を丹念に読み解く作業を進めてくれている。ここに紹介する本書もそのような作業の成果をまとめたものである。被ばく問題を落ち着いて考えるコツは具体的に考えることである。シーベルトやベクレルといった独特の単位やリスク係数等についての理解もあれば望ましいが、それがなければUNSCEARのやり口が理解できないというものではない。医学者や物理学者の真似を背伸びしてする必要はなく、生活者としての自身の経験に基づいて考えるのが良策である。誠実な組織なのか否かを見ればいいのである(被ばくの原因である核兵器や原発の基礎を作ったのは物理学者であり、被ばく影響を否定する方法をあれこれと考えついているのは医学者である。そして被ばくさせられているのは生活者である。)

恣意的な被ばく線量の推定と恣意的なデータの採用

 最初に第2章を読むことをお勧めする。阪大医学部の本行忠志氏による12項目からなる論考である。「福島の推定被ばく量は非常に少なかったので、甲状腺がんの多発の原因は過剰診断」のためだろうとする報告書を、まず予防原則の観点から批判している。UNSCEARが被ばく因子の推定し得る最小の値かそれ以下の値を採用し、それを堂々と平均被ばく線量として取り扱っているからである。UNSCEARは日本人のヨウ素摂取量は多いから甲状腺には放射性ヨウ素が取り組まれにくいとしてその線量係数を世界標準の2分の1した。根拠として引用されている論文を見ると55年前のわずか15人日本人のデータであったり、日本人のヨウ素の話が全く書かれていなかったり、逆に「若い人は現代的な欧米化した食生活をしていることが多い」と指摘していたり、5大陸の人のヨウ素摂取量を調べたと言いながら、日本人はヨウ素摂取量が多い北海道の小児だけであることを細かく具体的に看過している。そして世界の学童のヨウ素栄養状況を示し、日本がヨウ素過剰摂取国ではなく標準摂取国であることを統計から示している。ここにいう線量係数は放射性ヨウ素を吸引したり摂取したりした場合にどれだけ甲状腺に被ばくを与えるのかの計算に用いる係数であり、これが半分になると被ばく線量も半分になる性質のものである。科学論文のような体裁をしているがやっていることは事実の捻じ曲げである。また、UNSCEAR2020/2021年報告では、経口摂取による被ばくについては食品からの摂取がないとして、飲料水のみで算定したために2013年報告では32.79 mGyとされていたものが、2020/21報告では1.1から数mGyに大きく減少した。本行氏は、UNSCEARが無視している事故直後の野菜等の測定結果や流通していた事実を示すデータを詳しく示している。これは大量の引用文献を上げつつも、その内容の一部を意図的に無視したり、特定の引用文献にのみに着目して一面化が図られている事例の一つである。また、避難者の吸入ひばく推定に用いられた大気輸送・拡散・沈着モデル(ATDM)に基づいた計算結果について報告書自身が「いかなる特定の場所においても、当該推定値はかなりの不確かさを伴う」ことを認めていることを指摘しつつ、2011年3月15日から16日にかけて原発から北西方向と中通りに来襲した放射性ヨウ素のプルームをATDMが再現できていないことを具体的に示している。ここでは半分どころか数十分の1に過少評価されている恐れがある。

UNSCEARの中立性・公平性は担保されていない

 UNSCEARが国際機関の組織であるとしてもそれは間違いなく人の集まりである。ではそれに関与する日本政府や日本人研究者はどのような振る舞いをしているのか。第3章の福島県在住の田口茂氏の論考はその一端を具体的に示してくれる。外務省は「放射線の影響に関する過度の不安を払拭すべく、国内外への客観的な情報発信を促進する」報告書を作成する目的でUNSCEARに少なくとも1.4億円を拠出している。UNSCEARは2020/2021年報告書を説明するとしてパブリックミーティングを2022年7月21日にいわき市で開催したが、市民からの質問に答える十分な時間を用意するものではなかった。それでもやり取りの中で、日本人に対するヨウ素の線量係数を半分にしたのは鈴木元氏(国際福祉医療大学クリニック院長)の提言であったことが明らかにされた。日本側の働きかけで被ばく量を半分にする報告書の中身が作られたのである。諸々の経緯を詳述した後に、田口氏は「UNSCEAR2020/21報告書は、主に旧放医研を主体とした日本側の意図的な意思によって、特に内部被ばく線量を捏造・矮小化され、甲状腺がんの放射能影響が隠されしまった。人権侵害を監視する国連機関自らが、人権侵害するということは許容されることではない。」と断じている。

UNSCEARの異常な振舞いの背景

 UNSCEAR設立の経緯をたどると、異常な振る舞いを成し遂げてしまうこのような国際機関が存在することが理解できるかも知れない。奈良大学の高橋博子氏による第4章は、原爆投下後の影響評価に取り組んだ米国の「放射能毒性小委員会」の紹介から始まっている。マンハッタン計画を引き継いだ米国原子力委員会、原爆傷害調査委員会ABCC、米軍特殊兵器計画の検討を通じて、同氏は「広島・長崎の被爆者の研究をはじめとして放射線被ばく研究自体が『医学目的』というよりも軍事目的として継続されたのである」と指摘する。さらに国際放射線防護委員会ICRPについては、「原子力発電を推進する側の影響下に基準が検討されていた」ことを指摘する。年間20 mSvという学校施設の利用基準が不適切であることを「学問上の見地のみならず、私のヒューマニズムからしても受け入れ難い」とし2011年4月29日の内閣官房参与が辞任した事例を紹介する。そして、ICRPを「原発事故が起ころうとも、一般公衆を年間20 mSvの基準に永続的に押し込み、原発を推進するための基準を提供する団体」であるとしている。そして、UNSCEARを含めて「放射線被ばく問題の研究機関は、どこを切り取っても源流を辿れば大抵マンハッタン計画に辿り着。『放射線被ばく研究』とは医学研究よりも軍事研究が優先される体制下にあり、人体実験の系譜にあるとも言えるのである。」と締め括っている。

現代的疫学理論は『過剰診断論』が間違っていることを完全に暴き出している

 現代的な疫学理論に基づくと、福島県の小児甲状腺がんの多発は放射線被ばくによるものである。第5章の山田耕作氏の論考はこのことを端的に示している。同氏は岡山大学の津田敏秀氏らの論文『疫学的手法の誤用検出ツールキットによって福島原発事故後に現れた科学と保健政策の土台を脅かす侵食活動を実証する”Environmental Health (2022)21:77”』を紹介している。長滝重信という名前を聞くと身構えるかも知れない。彼は事故後100 mSvまでは影響がないといった発言を繰り返していた。が、チェルノブイリ原発事故後の小児甲状腺がんの多発について、被ばく線量と発がんとの関係が確立されていない段階で単寿命の放射性核種による放射線影響であることを明らかにしたのは彼が主導したグループである。Shibata論文として知られているが、ベラルーシで原発事故後のヨウ素131の影響が無くなった後に生まれた子供9472人(1987年1月1日から1989年12月31日生まれ:グループ1)、事故時に胎児であった子供2409人(1986年4月27日から12月31日生まれ:グループ2)、事故前に生まれていた子供9720人(1983年1月1日から1986年4月2日生まれ:グループ3)について同等な検査をしたところ、グループ1からはゼロ、グループ2からは1件、グループ3からは31例の甲状腺がんが見つかった。これは被ばく影響を明らかにするとともに、被ばくをしていない子供の集団からは甲状腺がんが見つからないことを示している。すなわち、事実でもって過剰診断説を否定しているのである。また病理所見からも115例のうち「甲状腺街浸潤が42.1%、リンパ管・血管浸潤が73.0%、リンパ節転移が80.0%、遠隔転移が2.6%であった。」手術を担当した鈴木真一教授は過剰診断を否定している。ほっておいてよいような無害ながんでは決してないからである。

線量過少評価で墓穴をほったUNSCEAR報告

 第6章、第7章、第8章と読み進めていただき、第1章に戻ってもらえると「線量過少評価で墓穴をほったUNSCEAR報告」という副題の意味が分かっていただけると思う。加藤聡子氏は福島医科大の示している外部線量と甲状腺線量との関係を利用して、チェルノブイリにおける線量と発症率との関係に基づいて、福島県で見つかっている有病率から甲状腺線量を評価し、UNSCEARの評価値が約70分の1になっていると論じているのである。最後にあとがきを読んでもらえると論旨がはっきりと理解できると思う。

 ぜひ一読してもらいたい労作である。

原子力関連国際諸機関の連携と国際原子力産業・軍事産業の支配

 末尾になるが、ここでの議論を取り巻いている枠組みを見ておきたい。UNSCEARは1955年に国連総会の下に設置された委員会である。UNSCEARの設立の契機は第五福竜丸被ばく事件(1954年3月1日)である。核兵器に反対する世論に推されて生まれたものであったとしても、世論を抑え核兵器を正当化することに与するものに変化している。国際原子力機関(IAEA)は国連の専門機関ではなく国連の保護下にある自治機関であり(1957年設立)、核の平和利用すなわち原子力開発利用を積極的に進めるための機関である。核の平和利用を正当化することで、核兵器への批判の矛先をかわし、所有を正当化している。IAEAは国際保健機関WHOの独立した活動「その目的が、すべての人民が可能な最高の健康水準に到達することにある」を妨げているという批判がある。UNSCEARとIAEA設立には米国が関わっており、その核戦略を補完する装置である。国際放射線防護委員会(ICRP)は、名目上は、英国のチャリティー団体であり1950年に設立されたが、その前身は1928年に設立された国際X線及びラジウム防護委員会IXRPCである。ここにも米国が関わっており、医療従事者を保護するための団体IXRPCが核兵器製造を可能にするための、被ばく労働を社会に容認させるための団体ICRPに生まれ変わった。背景にあったのは核戦略に欠かせない原子爆弾の登場であった。UNSCEARの非定期の報告書が放射線被ばくを扱う科学的資料であると扱われ、ICRPがそれらを活用する。例えば、津田論文は批判されるべきものとして扱われ論文リストには載っても放射線リスクを正確にするための議論からは除外される。核開発と原子力推進に都合の悪い論文を除去するフィルターとしてUNSCEARが機能していることになる。ICRPは線量体系と勧告する線量限度等が各国の被ばく管理に活用されているが、内部被ばくの扱いについてもガンマ線などの外部被曝と同様な一様な被曝を仮定するモデルを採用している。ICRPは20 mSv基準を正当なものをする勧告を用意している(事故前は1 mSvであっても事故後には20 mSvでも構わないとする)。「黒い雨」裁判にあるように原爆の影響は直達の初期放射線の影響だけではなく、後に降り注いだフォールアウトの影響がある。ICRPのリスクモデルはこのフォールアウトの影響を無視したモデルを採用しており、影響を受けていないとされる対照群(コントロール)が内部被ばくをしているという事実を通してリスク評価が過小評価になっている。福島原発事故後の放射線による人体影響を否定するためにUNSCEARが利用されており、トリチウム水の放出を正当化するためにIAEAが活用されている。そして、住民を20 mSvまで被ばくさせるためにICRPが活用されている。UNSCEARとIAEA、ICRPに同一の人物が重複して関わっていることも指摘されている。この3つの機関は互いのその刊行物引用し合うことによって互いの国際機関としての権威を保っている。結果として住民に対しては放射線被ばくを強要する装置として機能している。

目次は以下の通りである。

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まえがき

1 チェルノブイリ並み初期被ばくにより多発した
 福島甲状腺がん/加藤聡子

2 UNSCEAR2020/2021報告書の問題点/本行忠志

3 UNSCEAR2020/2021報告書に日本側はどう関与したか/田口茂

4 マンハッタン計画を引き継ぐ放射線被ばく研究/高橋博子

5 「福島原発事故による甲状腺被ばくの真相」究明における
 津田――疫学誤用検出ツールキット――論文の意義/山田耕作

6 福島原発事故による小児甲状腺がんの多発について
 改めて因果関係を考える/大倉弘之

7 日本の専門家は被爆者の命と健康に寄与した
 先人達の原点に立ち戻るべき
  内部被ばくの影響を考慮したと称する
 似非科学パラダイムを乗り越えよう/藤岡毅

8 「原因不明の多発」として小児・若年性
 甲状腺がん放置を続けてはならない/林衛

あとがき

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