《新刊紹介》『パレスチナ解放闘争史 1916ー2024』

大阪唯物論研究会会員 倉島伝治

 

 

パレスチナ解放闘争史 1916-2024
重信房子 作品社 482頁
2024年3月25日 発行 ¥3,960円

 

 重信房子氏は、元「日本赤軍」の幹部であり、その後「連合赤軍」を結成した森恒夫氏らと袂を分かち、1971年にパレスチナに渡ってパレスチナ解放民族戦線(PFLP)に加わった。「テルアビブ空港乱射事件」などに関わり、20数年に渡ってパレスチナの地を中心に反イスラエル闘争に携わった。その彼女は1991年頃に密かに帰国して日本での活動を開始したが、2001年大阪で逮捕され、いわゆる「ハーグ事件」への関与をめぐり、逮捕監禁罪・殺人未遂罪などでの共謀共同正犯で起訴された。そして2010年8月の最高裁判決によって懲役20年の刑が確定した。彼女は2022年5月、刑期満了によって出獄し、今日に至っている。

 重信氏の思想と政治行動について、ここで論じるつもりはない。ただ、20数年に亘ってパレスチナの地に身を置いて、パレスチナ人民と行動を共にした日本人活動家が、パレスチナ問題をどのように見ているかということに興味を持った次第である。

 2023年10月7日のアル・アクサ洪水作戦は、ハマース・ファタハ・PFLP・イスラーム聖戦機構の共同作戦であった。そのような共同作戦が何故可能であったのかという関心から、重信氏の「パレスチナ解放闘争史」を経年的に辿ってみた。

 

2005年3月 カイロ宣言:パレスチナ13組織(ファタハ・ハマース・PFLP・イスラーム聖戦機構等)のすべてが、パレスチナの唯一合法的代表であるPLОに結集し発展させることに合意し、そのための委員会設置を「カイロ宣言」として確認した。その中でパレスチナの統一のため、内部対立に武器を使用することを禁止し、対話によって解決することを示した。ハマースとイスラーム聖戦機構は、イスラエルの攻撃があれば対抗することを条件に合意した。

2006年1月 ハマースが選挙で勝利:パレスチナ立法評議会選挙でハマースが勝利し、アッバース大統領はハマースに組閣要請。しかし米・イスラエルの強力な巻き返しで、ハマースとファタハの対立・戦闘が再開・継続。

2007年3月 マッカ合意:その内容は、①これまでPLОが調印した国際協定の尊重、②パレスチナ立法評議会で採択されたガザ・西岸地区を領土とするパレ.チナ国家樹立の承認。マッカ合意を踏まえて、ハマースとファタハによる民族統一挙国一致内閣の成立。

 その時も、米・イスラエルの働きかけでファタハのハマース攻撃は継続し、6月にアッバース大統領は挙国一致内閣の解散を宣言して新政府を組織した。従ってパレスチナ自治政府が二つ存在することになった。

2009年3月 民族対話:その内容は、①対立の解消、②統一政府の樹立、③PLОへのハマースの加盟問題、④治安問題、⑤選挙。パレスチナの13組織が、「カイロ宣言」を踏襲して民族対話を開始した。この中でアッバース大統領は、「二国家解決案」による解決、オスロ合意と和平プロセスで合意された他の合意事項を全て承認しなければならないと表明し、対話は進展しなかった。

2011年4月 無党派市民デモ:アラブの春に触発された無党派市民デモの出現に押され、ファタハとハマースが暫定的に挙国一致内閣で合意。

2014年 ハマースの支持拡大:イスラエル軍のガザ侵略戦争後、パレスチナ人の間で不屈に戦ったハマース支持が拡大した。

2018年3月 帰還のための大行進:ハマース・PFLP等の在ガザの解放勢力が、一つの民族統一組織を立ち上げ、「帰還のための大行進」が開始された。アッバース自治政府は、ハマースに対する武装解除を含む締め付けを強化。

2018年11月 ロケット弾攻撃:在ガザのパレスチナ諸組織(ハマース・PFLP等)は、イスラエルに対するロケット弾による攻撃を開始した。

2019年1月 またもや分裂策動:アッバースは、パレスチナ自治政府のハムダッラー首相(これまで統一努力を主導してきた)を解任し、ハマースを排除したパレスチナ自治政府を組閣した。

 

 経過は以上であるが、重信氏は最後に、「この帰還の大行進のパレスチナ勢力の統一した組織は、「アル・アクサ洪水作戦」を担う主体として登場してくる。」で締めくくっており、ファタハを含んだ軍事行動にまで発展した経過には触れられていない。

 PFLPの「オスロ合意」に対する見解は、「『二国家解決がパレスチナ人民のための、またはパレスチナの大義のための最終ゴール』とは認めない。我々の戦略ゴールは、全パレスチナの解放にある。67年のすべての被占領地に、エルサレムを首都とするパレスチナ独立国家を建設することに同意している。それは全土解放の戦略目標に向かうためだ。二国家解決を最終目標とすることは認めていない。オスロ合意に賛成していない。さらにオスロ合意に基づいた和平プロセス・ロードマップを認めていない。」としている。

 ハマースとPFLPの「最終目標」の違いについての検討が必要と思われる。

 

2024年4月1日

 

唯物論的歴史観

日本共産党第29回大会の決議について

大阪唯物論研究会会員  川 下  了 

【はじめに】
 1月15日から18日の4日間、日本共産党が4年ぶりに党大会を開催しました。党員数が公称25万人である日本共産党は、発達した資本主義国において共産主義政党を名乗る諸党の中では、最も大きい党の一つに数えられます。

 先進資本主義諸国の共産党は、ソ連と社会主義世界体制の崩壊によってその影響力を急速に失い、国政選挙には単独で候補者を出せなくなった党も少なくありません。その中にあって、ギリシャ共産党やポルトガル共産党と並んで、日本共産党はその影響力を比較的保持している党に数えることができます。
 
 その党が4年ぶりに大会を開いたのですから、その大会決議の内容を検討することは、共産主義運動に関心を持つ者だけでなく、広く民主主義運動に関わっている者にとって、欠くことのできない作業だと言えます。

 共産党の大会決議を検討する際には、2つの異なる基準が必要になります。同党が『共産党』を名乗っている以上、共産主義(マルクス・レーニン主義)を基準とする評価が一つです。もう一つは、同党が実態としては社会民主主義政党になっているので、そのようなものとして日本の人民運動において果たしている、また果たすだろう役割について検討する場合の民主主義を基準とするものです。
 マルクス・レーニン主義を基準として今回の大会決議を読むと、「随分遠くに来たもんだ。」と思わずにはおれません。マルクス主義とは縁もゆかりもない所まで来てしまったというのが最初の印象です。また国内政治的には、社民党より右の所にまで来たと言えるでしょう。

 しかし日本共産党は、社民主義政党としては少なからぬ影響力をもっていて、領土要求に見られる民族主義やウクライナを支援するなどの否定的側面を持ちつつも、一般民主主義運動においては全体として肯定的役割を果しています。従って同党に対する評価は先に述べたように、一般民主主義運動の観点と、共産主義運動の観点とを明確に区別して行う必要があります。本論はこの観点に立って、同党の第29回大会決議(以下『決議』)を検討します。

 ところで、共産主義運動の観点から見た同党の逸脱は、同党固有のものと国際共産主義運動にも共通に見られるものとがあり、後者については自分たち自身の未解決問題として向き合う必要があることを付け加えておきます。その意味で、『決議』の真の批判は、先進資本主義国における社会主義革命の展望を明確にした綱領を持つ、共産主義政党を再建することによってのみ可能となります。

 決議は、第1章「国際情勢と対外政策」、第2章「国内情勢と国内政策」、第3章「党建設」、第4章「理論と思想」、第5章「党史と未来展望」という5つの章立てになっています。

 過去40年近く党勢の後退が続き、党員の高齢化が深刻な状態にあり、一昨年(2022年)末から昨年年明けに起こった「松竹・鈴木」問題による党内の動揺が広がった中で開かれた第29回大会の『決議』は、「松竹・鈴木」問題を基本的にはスルーしています。即ち、「松竹・鈴木」問題が提起した民主集中制の問題点について真剣に検討することなく、形式的な「弁明」を行うに止まっています。さらに大会で「除名」に疑義を呈した代議員に対して、新委員長に就任する田村智子氏が、「発言者の姿勢に根本的な問題がある」「誠実さを欠く」との人格攻撃を加えたことは、同党の「民主集中制」の理解が如何なるものであるかを露呈させ、反動諸勢力を喜ばせることになりました。

 このようなやり方は、中央指導部や常任活動家の間では通用するかもしれませんが、一般党員や党外のリベラル派や民主派の理解を得ることはできません。

 民主集中制の問題は、「長すぎる志位体制」への批判の形をとって、委員長直接選挙制要求の形で表出されました。これに対して同党は、党の看板である志位委員長体制から田村新委員長体制に移行することでイメージチェンジを図り、これらの批判に応えようとしました。女性党首ということで一定の効果は「期待」できるでしょう。しかし裏看板は常任幹部会であり、志位氏はここに残って引き続き表看板を制御することになるでしょうから、路線上は大きな変化は起こらないでしょう。それでも一定期間が経過すれば、やはり表看板が裏看板にもなって行くでしょうし、やがては党名の変更も含めて名実揃った社民政党になる可能性が大だと思われます。

 「長すぎる指導部」に対する批判へのもう一つの対応は、「世代継承の取組みの意識化」であり、「党の未来を築く道はここにしかない」と第3章「党建設」で述べているように、青年・学生層への働き掛けの決定的強化と「真ん中世代(30代~50代)」の党員倍増計画です。この部分は、『決議』が『決議案』から大幅に加筆修正された部分でもあります。『決議』は、次回大会(2028年)までの組織目標として、27万人の党員、130万部の『赤旗』読者を掲げています。そして前大会以降一定の成果が上がっているとして、「民青同盟が2019年からの『倍化』を達成」したと記しています。しかし何が『倍化』したのかは明確にされていません。同盟員数が『倍加』したのではないようです。今後の取組みとして、あれやこれやの技術的問題が列挙されていますが、これで世代継承が進むとは思われません。もっとも世代継承の困難さは日本共産党に限ったものでなく、国際共産主義運動においても然りであり、左翼勢力やリベラル勢力全体が直面している問題でもあります。

 『議案』は、同党が抱える諸問題に正面から向き合うことを避け、従来路線の継承を決めました。以下簡単に、その『決議』の各章を見ていくことにします。なお引用文中で筆者が注意を特に促したい部分は、太文字にしています。

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《新刊紹介》『未明の砦』

大阪唯物論研究会会員 倉島伝治

『未明の砦』
太田 愛  角川書店  609頁
2023年7月31日 刊行  ¥2860
1月26日、第26回大藪春彦賞受賞作品。
 
 少し古くなるが、ぜひ勧めたい書の1冊である。陸奥新報など11の地方紙に2021年4月から2023年6月に掲載された。
 
 グローバル自動車企業(作品の「ユシマ」で想定されているのは「トヨタ」)のとある工場での1人の本工の過労死をきっかけに、4人の非正規労働者が、ユニオンの助けを借りて組合を結成し、本工を含むストライキを実現するまでを描いている。
 
その中で
  • グローバル企業と政権との関係
  • 政権と警察との関係
  • 警察の組合つぶしの手段としての「共謀罪」
  • 本工と非正規労働者との関係
  • 本工・非正規労働者を問わない過酷な労働条件と過労死
  • 本工の人事・労務管理・賃金制度
  • 非正規労働者に対する「5年ルール」の骨抜き適用
等々の問題が盛り込まれている。
 
 最終的に本工まで含むストライキ突入まで進むのは現実ばなれしていると思うが、作者の非正規労働者に対する応援歌として受け取るならば、それもありかといえる。
 
 作品には四人を取り巻く大勢の人が登場するが、警察や企業経営者側の内部にそれぞれの方針に疑問・違和感を抱く人物が存在することまでは想定できなくはないが、具体的な行動まで進むことが描かれているが、現実にはありえない。
 
 作品を離れて現実の「トヨタ」関連では、
  • UAWのストライキの結果として、組合の無い米国トヨタ工場で9%の賃上げ。
  • 2月1日から国内の完成車工場の稼働時間の上限を30分短縮を公表。従業員の負担を減らす狙いがあるとしており,グループ内(ダイハツ工業・豊田自動織機)で相次いだ認証不正も背景にあると見られる。豊田章男会長は、「会社を作り直すぐらいの覚悟」でグループ全体の変革に乗り出す考えを示していた。(2月3日 朝日新聞・朝刊)
があり、本工組合より経営者サイドが危機感を持っているが、これが最大限の変革か。社長ではなくて会長がコメントしていることを見ても、基本的には何も変わっていない。
 
 警察の組合つぶし関連では、
  • 大津地裁判決 関西生コン支部7人に無罪 ビラ配布共謀認めず。恐喝未遂や威力業務妨害の罪に問われた関西生コン支部組合員2人を有罪とし、ビラ配りをした7人に「共謀は認められない」として無罪を言い渡した。(2月7日 朝日新聞・朝刊)
 「共謀」が認められなかったことに重点のある報道であるが、正当な組合活動に「恐喝未遂」や「威力業務妨害」が適用され有罪となった事の方がより重要である。
 
 最後に、作品巻末の参考文献は量も豊富で重要。
 
 
 
 
 
 
 
 
   

 

《新刊紹介》『万国の労働者、団結せよ! マルクスと第一インターナショナルの闘い』他

大阪唯物論研究会会員 倉島伝治

推薦強度Aランク

  1. 「万国の労働者、団結せよ! マルクスと第一インターナショナルの闘い」
    マルチェロ・ムスト 著  結城剛志 監訳
    大月書店  434頁
    2023年10月18日 刊  ¥4,840
     著者の既刊邦訳書は、「アフターマルクス」(堀之内出版)がある。表題からわかるように、著者の視点は斎藤幸平氏と同様にマルクス・レーニン主義とは異なる。しかしながら、レーニンの第三インターナショナルにつながる端緒の資料集として、研究に値する。

推薦強度Bランク

  1. 『イギリス炭鉱ストライキの群像』
    熊沢 誠  旬報社  207頁
    2023年9月20日 刊  ¥1,870
     今日の日本の労働組合運動の実状に、1984~85年のイギリス炭鉱ストライキ闘争の研究を対峙させている。「A」ランクにできなかったのは、総括部分で斎藤幸平氏と同様の視点が支配的であるためである。関連書として、『イギリス炭鉱争議』(1984~85年)早川征一郎 御茶の水書房 2010年7月15日 刊 328頁 ¥6,820がある。

唯物論的歴史観

《新刊紹介》『暗い時代の人々』他3冊

大阪唯物論研究会会員 倉島伝治

 今回は推薦順位A・Bランクがないので少し躊躇しましたが、それなりに読みどころがあるので、紹介することにしました。

推薦強度Cランク

  1. 暗い時代の人々』 森 まゆみ  朝日文庫  350頁
    2023年9月30日 刊 ¥1,034
    初版は2017年に亜紀書房から。取り上げられている10名の人々」のなかに、山本宣治・久津見房子・古在由重の3名が含まれている。

  2. 『日没』  桐野夏生  岩波現代文庫  378頁
    2023年10月13日 刊  ¥990
    『世界』連載された作品で、2020年に単行本化(岩波書店)。今回文庫化された。ディストピア小説として秀逸である。


  3. 『科学技術の軍事利用』  橳島次郎  平凡社新書  207頁
    2023年7月14日 刊  ¥1,034

  4. 『ヘイトクライムとは何か』  鵜塚 健/後藤由耶  角川新書  252頁
    2023年9月10日 刊  ¥1,034

唯物論的歴史観

 

 

 

 

 

   

 

関東大震災100周年 ―― そこから何を学ぶべきか ―― (補 遺 その2)

大阪唯物論研究会会員 岩 本  勲

デマをトップ記事で報じる1923年9月3日付の東京日日新聞

 

 8月初旬に、「関東大震災100周年 —— そこから何を学ぶべきか —— というタイトルで小冊子を発行した。その後に映画『福田村事件』の公開があり、また主要マスメディアが関東大震災100周年関連の主張や論評を掲載・放映したことを受けて、それらについての論評を「補遺1」として発表した。

 それらに対して友人諸君から批評を頂いたり、私が未読の文献の紹介を受けたりした。その中に貴重な資料が多数含まれており、ぜひ多くの人にその内容を知ってもらいたいという強い誘惑にかられた。そこで参考文献の紹介を中心に、「補遺 その2」を出すことにした次第である。

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《新刊紹介》「関東大震災100年」の続きとして新刊2冊

大阪唯物論研究会会員 倉島伝治

推薦強度Aランク

1. Q&A関東大震災100年朝鮮人虐殺問題を考える
 朝鮮大学校朝鮮問題研究センター在日朝鮮人関係資料室 編
 八月書館 79頁
 2023年9月1日 刊  ¥990
 関東大震災と朝鮮人虐殺を考える上で、必要な論点が網羅的かつコンパクトにまとめられていて、この分野を研究している人々に最適の書である。

推薦強度Bランク

2. 中国・朝鮮人の関東大震災
 武藤秀太郎
 慶應義塾大学出版会  356頁
 2023年8月25日  ¥2,970
 1919年3月1日の3・1独立運動、同年4月10日の大韓民国臨時政府樹立を出発点とする朝鮮独立運動と朝鮮人虐殺との関連に焦点を当てて書かれている。

唯物論的歴史観