大阪唯物論研究会 会員 倉島伝治

大澤謙司 著
まつやま書房 発行
2024年10月31日 刊行
225頁
¥1,650円
2024年・秩父事件140周年の刊行であるが、埼玉県の地方出版社からの刊行で、最近になって入手したので新刊紹介とはならなかった。
著者は「はじめに」で、「秩父の農民は当時盛んであった自由民権運動・自由党に影響され秩父困民党を結成し、最後の手段として武装蜂起を計画、実際に起ちあがることとなった。困民党軍は、整然とした組織を結成し、参加人数は数千から一万人に達したのである。彼等は一時郡役所のあった大宮郷を占領し、秩父盆地から平野部に打って出ようとした。しかし、政府の派遣した軍隊・警察の前に本陣は崩壊した。困民党軍の一部は諦めずに県境の峠を越え、群馬県南西部を通り、長野県まで遠征し、最後は長野県佐久で軍隊と交戦し、壊滅した。この間わずか一〇日ばかりであった。秩父事件の研究は出尽くしたようなところがあるが、当然ながら事件には多くの謎が現在もある。個人的に最も大きな謎を指摘したい。それは事件当時不況の波が襲っていたのは、秩父地方だけではなく、埼玉県を含む北関東全体が多少の強弱はあれ、生活が困難であったことは多くの資料が証明している。ところが事件は秩父郡と一部群馬県南西部以外には広がりを見なかったのである。背景にはもちろん困民党軍を圧倒する政府軍や警察の力があった。しかし、困民党が待望した『関東一斉蜂起』が起きなかったのは一体なぜなのかという問題である。この問題は秩父事件の裏面、もっといえば『もう一つの秩父事件』といってもよい内容だと考える。命をかけて起ちあがった困民党軍の行く手を阻んだものは、果たして何であったのか。それを少しでも解き明かせればと願うのである。」と問題提起している。
著者は、この問題に対する解答として「自警団」の存在を上げ、「秩父困民党の前に軍隊・警察が立ちふさがることは誰でも予想できたはずである。しかし思わぬ壁となったのが、困民党と同じ民衆側の農民、すなわち自警団であった。もしかすると自警団的な動きは多少予想できたかも知れない。だが大規模で、しかも武装した自警団が群馬県南西部から埼玉県南部の飯能・名栗まで結成されるとは、おそらく誰も予想しなかったに違いない。」として、秩父事件に関する自警団の具体的実像に触れると同時に、幕末農民一揆に対する自警団にも、関東大震災時の自警団にも触れている。
困民党の入門書としては、井上幸治の「秩父事件」(中公新書)がある。同書では、自警団は「自衛隊」の名称で登場する。




