グローバルサウスの盟主を目指すインド

                                                               大阪唯物論研究会会員 岩 本  勲

 

 

はじめに

 世界政治経済は、アメリカ帝国主義の中東における歴史的な政治的・軍事的敗北やウクライナ戦争に関する国連総会決議に象徴的に表明される如く、深刻な地殻変動に見舞われている。それは、嘗てのソ連を中心とする社会主義体制と米欧日の帝国主義体制との体制間対立に代えて、米欧日帝国主義ブロックと中国を筆頭とする、BRIKCS及びグローバルサウス(後述、補遺参照)内の多くの国々からなるブロックとの政治的・経済的対立である。だが、注意しなければならないのは、米欧日を中心とする古い帝国主義ブロックにおいては依然として帝国主義間矛盾が存在しており、またこの中国ブロックも決して一枚岩でなく、階級構成において異なった諸国家によって構成されており、矛盾と対立を内包していることである。世界情勢を見る時、この点に留意しないかぎり正確な判断を誤るのである。特に中国に対抗してグローバルサウスの「盟主」を自認する「目覚めた大国、インド」の動向に注目しなければならない。

 

1. もはや発展途上国ではないインド

(ⅰ)世界第5位の躍り出たGDP

 モディ・インド首相は1月中旬、125カ国が参加したオンライン会合「グローバルサウスの声サミット」において「我々の時代がやって来ると楽観している」と高らかに宣言した(「日本経済新聞」電子版4/4)。だが、インドはいまや経済的にはグローバルサウスの範疇をはるかに超えているのだ。

 インドの2022年のGDPの成長率は6.7%で、中国の3.0%を抜き、GDP総額は名目で約3兆3,800億ドル(約460兆円、「日本経済新聞」2/28電子版)である。同国はかつての宗主国・英国を抜き、日本の8割に迫り世界第5位、2027年には日印の逆転も予測されている。但し、2022年時点では、中国のGDPはインドの5.6倍である(IMF発表)。2030年のインドのGDP(購買力平価ベース)では、1位中国、2位アメリカに次いで第3位との予測さえもある(三井住友DSアセットマネイジメント)。

 インドの人口は、国連の中位推計よれば、2023年7月1日の時点で、14億2,863万人、中国は14億2,567人で、インドが約290万人上回る。中国は2022年に約60年ぶりに人口が減少したが、逆にインドは2060年までは増加が見込まれ、経済を支える人口動態の上では明暗が分かれている(「日本経済新聞」4/20)。

 

(ⅱ)発達した独占資本主義国

 インドの独占資本は財閥形式で存在している。3大財閥はタタ、ビルラ、リライアンス、中財閥は日本でもよく知られているミタル、アダニなど11である。

 インド財閥の代表格タタの2021年の売上総額は9兆6,000億ルピー(約16兆3,200億円)で傘下に100を超える企業を抱え(タタ自動車、タタ製鉄、タタ・コンサルシーサービス=IT企業TCS、エア・インディア航空、ビッグバスケット=小売り)、従業員は93万5,000人、世界100カ国以上でビジネスを展開している。

 これを三菱グループと比較すれば(年度の違いは一応捨象して)、三菱は全従業員87万人、総売り上げ69.3兆円(2019年)で、従業員数には余り優劣はないが、売り上げ総数では三菱はタタの約4倍である。しかし、インドと日本のGDPが逆転した後はこの差は縮小することは間違いない。

 新興財閥アダニ・グループの創業者ゴータム・アダニ会長は世界第3位の富豪で「インドのロックフェラー」と自称し、モディ首相に近い。アダニ・グループはインドの主要な港湾のいくつかを経営し、国内穀物の3分の1を貯蔵している。送電線の5分の1を管理し、セメント生産の5分の1を担う。アダニ氏が率いる企業だけでインドの非金融企業上位500社の設備投資の7%を占め、資産規模で国内の非金融企業上位10社の一角を占める

 レーニンの『帝国主義論』の基本的な命題である「もし帝国主義のできるだけ簡単な定義をあたえることが必要だとすれば、帝国主義とは資本主義の独占段階であるというべきであろう」に従えば、発達した独占資本主義の段階に達したインドは当然、帝国主義と規定することができる。同時に、インドの近年の急成長は、「帝国主義の不均等発展」の法則をも見事に証明するものである。

 モディ政権は一連のヒンドゥー至上主義的であり、共産主義政党やイスラム系政党、さらには最大野党「国民会議派」に対しても強権的に弾圧し、そのファッショ的な内外政策は、インドが帝国主義国家として発展しつつあることの政治的表現である。没階級的な『世界多極化論』によっては、インドの内外政策を正しく捉えることはできない。

 

(ⅲ)インドの資本輸出

 資本主義の帝国主義段階の特徴の一つは、『資本の輸出』である。「古い資本主義にとっては、商品の輸出が典型的であったが、独占が支配している最新の資本主義にとっては、資本の輸出が典型的となった」(レーニン『帝国主義論』)からである。

 インドの2021年の対外資産残高は9,274億USドル(出典:GLOBAL NOTE)で、世界28位に留まっている。ここ10年間、その位置はほとんど変わっていない。名目GDPがここ10年間で10位から5位にランク・アップしたことと対照的である。このことは、インドの経済成長が主として国内市場の拡大によるところが大きいこと、金融資本が未だ比較的脆弱であることを物語っている。このことは、インド帝国主義の一つの特徴となっているが、成長しつつある帝国主義であることには変わりはない。

 上述のごとく、インドの人口が中国を抜いて世界第1位の地位を占めたことが確実となった。当面は人口増をエンジンとした国内市場の拡大が期待されているが、やがては人口増加が終わりを告げ、国内市場が飽和すると予測されており、インド資本の海外進出は加速されるものと予測される。

 

(ⅳ)インド帝国主義のその他の重要指標

その他の幾つかの重要指標について見ると、インドの2021年の貿易赤字は1,776億USドルで、米国の1兆903億USドル、英国2,328億USドルに次いで、世界第3位となっている。経常収支もまた米国と英国に次いで第3位の赤字国(346億4,800万USドル)であり、慢性的な経常収支赤字に悩まされており(出典:GLOVAL NOTE)、この点もインド帝国主義の弱点となっている。

 軍事費は756億9,800万USドルで、米国と中国に次いで世界第3位を占めており、この軍事費の大きさも、インド帝国主義の特徴のひとつとなっている。核兵器保有9カ国の1つであるインドは、地上発射核弾頭84発、海上発射核弾頭28発、航空機搭載核弾頭48発、合計160発の核弾頭を保有している(出典:長崎大学核兵器廃絶センター)とされている。

 

2. 印中対立の現状

 インドは中国が指導権を握る「上海協力機構」(SCO、Shanghai Cooperation Organization)に属し、国連総会におけるロシア批判決議には常に棄権している。だが、同時に印中関係は、国境紛争やインド太平洋のプレゼンス(存在感)をめぐっては厳しい対立関係にもある。

 

(ⅰ)軍事対決

 印中間の重要な国境軍事衝突は3回(1959年、1962年、2020年)生じているが、特にカシミール地方で生じた1962年の軍事衝突は深刻で、印中双方は1万人規模の兵力を投入し、戦死者はインド1,400人、中国側700人となった。現在も国境問題は根本的には解決されていない。最近、両国の国防相の話し合いが行われたが、印中の暫定的な国境付近では両国はそれぞれインフラ投資を強め、国境線防備に余念がない。

 インド太平洋を巡っては、双方が軍備を強化している。海軍力の強さの象徴的存在である空母に関しては、インド海軍は2013年にロシアから購入した空母に次いで、国産第1号艦の今年半ばの完全就航を目指している。この国産第1号艦は約40,000t、全長262m、戦闘機30機の搭載が可能。国産建造予定の2番艦は約45,000t、3番艦は約43,000t。もとより、ミサイルをはじめ軍備全般は中国がインドを圧倒している。空母だけを例にとってみても中国側は、ウクライナから購入した空母の改造型「遼寧」は67,500t、国産1番艦「山東」は66,000t、国産2番艦「福建」は80,000t以上(さらに1隻建造予定)だ。

 

(ⅱ)QUAD(日米豪印戦略対話)

 日米豪印4カ国の外相会議が2019年に開催され、2021年に最初の首脳会談が開催され、今年もG7サミットの後に開催される。QUADは経済や気候変動など様々な分野にわたる会議である。同時に、ロシア国防相が「上海協力機構」(SCO)の国防相会議(4月)において、QUADが中国を脅かしていると強く非難した如く、QUADの重要な目的が中国の軍事的台頭に対する対抗政策であるあることは間違いない。

 

(ⅲ)インド洋への出口を巡る対立

 バングラデシュ南西部のモングラ港の開発を巡って、印中は「つばぜりあい」を演じている。同港はインド洋に通ずる要衝で、インドは中国の進出を警戒していた。バングラデシュ政府は、両国との対立を回避するため両国に対して同港の異なるエリアの開発を認めている。

 インド南端近くのインド洋に位置するモリディブにおいても親インド派のソーリフ大統領と親中国派の前大統領ヤーミン氏が争っている。ヤーミン氏は「一帯一路」の一環としてインフラ整備を進めたが、2018年の大統領選挙に敗れた。一方、ソーリフ大統領は2021年には沿岸警備の基地警備でインドの支援を受け入れた。

 インド洋の要衝スリランカを巡っても、インドは同国への影響力を中国と競っている。スリランカは新型コロナウイルスやウクライナ戦争の影響によって急速に経済が悪化し、外貨不足や急激な物価上昇(2021年9月~22年8月、前年同月比で食品は93.7%高、全体で64.3%高)に襲われ、同国の過大な債務(2021年4月末、351億ドル=約4兆8,000億円、一方2021年GDPは889.3億ドル)の返済も不可能となった。この経済の大混乱に直面した人民の怒りが爆発し、親中国派と目されていたゴタバヤ・ラジャパクサ大統領は昨年、国外逃亡を余儀なくされた。後任には、親インド派と目されているラニル・ウィクラマシンハが昨年7月、大統領に選ばれた。しかし、ウィクラマシンハ大統領は実はラジャパクサ一族の盟友でもあり、人民はこの任命にも激怒し、彼の自宅は民衆に放火された。

 

 

 スリランカは昨年9月末の時点で公的債務はGDPの111%にあたる817億ドル(約11兆円)。このうち、外国の政府や銀行から借りている「対外政府債務」は351億ドル(約4.7兆円)である。最大の貸し手は、民間国際市場を除いて、国際機関(世界銀行、IMF,アジア開発銀行、等)である(上図は「毎日新聞」4/15の記事に基づいて作成)。

 これらの国際機関の出資国のうち1~3位を占めているのが米・日・中3カ国である。アジア開発銀行の総裁は歴代日本人、日本独自には中国と同額の出資金、さらに世界銀行はアメリカが指導権を握っている。特に、米欧日帝国主義はこれまでもハゲタカのように新興・発展途上諸国に対して高利をむさぼり、さらに返済を確保するため、債務国の緊縮財政や増税、公共機関の民営化等を条件とし、結局はこれらの債務国の人民を犠牲にするものであった。

 貸し手の国別では、最大が中国で69億ドル(全体の19%)。スリランカ政府は2017年、中国からの借金返済に行き詰まり、南部のハンバントタ港の運営権を99年間中国に譲渡した。イギリスが「アヘン戦争の勝利」によって99年の「香港租借権」を中国から得たのに対して、今回は中国が「金力」によって同様の租借権を得たのではないかとの疑念が提出されもしている。

 このような状況のなかで開催された主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議は4月、スリランカの債務再編を進めるために、日本が主導する債権国会議の開催を決めた。だが、国別では最大の債権国である中国がこれに参加するか否かは不明だ。中国は、スリランカ債務の返済猶予には応じることを表明しているが、大幅な債権カットに応じるか否かも、現在のところ不明である。

 

(ⅲ)国際経済枠組みでの対立 

 国際経済枠組みにおいても、インドは中国と一線を画す方向にある。バイデン米大統領の呼びかけによって昨年5月、「インド太平洋経済枠組み」(IPEF、Indo-Pacific Economic Framework)が発足した。これは中国に対抗する経済的枠組みで、貿易・供給網・クリーン経済・公平な経済の4分野での協力を深めることを掲げ、但し関税撤廃は協議対象外とする。参加国は日・米・韓など14カ国でその中にインドも含まれる。

  一方、関税を撤廃して自由な貿易の実現をめざす「地域的包括的経済連携」(RCEP, Regional Comprehensive Economic Partnership)には日・中・韓・ASEANなど15カ国が参加しているが、インドはこれには参加していない。それは、中国の製品がインドに流入することを恐れてのことであった。最近の10年間でインドの対中貿易赤字が膨らみ続けており、2021年の赤字は約700億ドルに上っている。それだけではなくインドは昨年、自国市場から中国を締め出そうとして中国スマートフォン大手の資産凍結や中国による自動車工場の買収不許可を相次いで打ち出した。

 

3.  インド・パキスタンの軍事的対立

 パキスタンは現在、人口2億2,200万人で世界第5番目の人口大国である。さらに2050年には、世界第4位の人口大国になるとも予想されている。

 インドもパキスタンも「上海協力機構」に属する。しかし、両国は過去3回、戦争を行ってきた。第一次印パ戦争(1947~49年)、カシミール地方の帰属をめぐる戦争。第二次印パ戦争(1965~66年)、再びカシミール領有問題。第三次印パ戦争(1971年)、東パキスタン独立運動へインドが支援したことに起因する戦争。

 両国は核兵器でも対立している。インドが核実験に踏み切り(1998年)、これにパキスタンが対抗して核実験を実施し、両国は現在、核兵器保有国として対峙している。

 この他、インドのムンバイで2008年に同時多発テロが生じたが、インド当局はこれをパキスタン発のイスラム教過激派の犯行と断定した。パキスタン当局は犯人を逮捕したが、インド側の犯人引き渡し要求については拒否し、武装組織の司令官を無罪として釈放した。

 アメリカ・パキスタン関係においては、アメリカは中国に対抗するためパキスタンに軍事援助を行ない、パキスタンはF16を配備している。パキスタンは2019年にはインド側カシミールをF16によって爆撃したとの疑念が持たれている。アメリカは昨年、パキスタン軍のF16の運用を維持・強化するために、最大4億5,000万ドル(約650億円)の関連機器・サービスの売却を承認した。

 

4. 印露関係と印米関係

 インドにとって、ロシアはソ連時代からの友好国であり、兵器の重要な輸入元である。インドは2017~2021年に主要な武器の46%をロシアから輸入していた。インドの主要兵器の供給源がロシアである限り、部品の供給などメンテナンスの必要上、今後も10年程度はロシアとの友好関係を保っておかなければならない。ロシアから見ても同国の武器輸出総額の約2割がインド向けだ。

 但し、インドは兵器の国産化を同時に進めている。インドは世界最大の武器輸入国で、世界全体の主要な武器輸入額の11%を占めた(2017~21年、ストックホルム国際平和研究所、SIPRI)。一方、モディ首相は2024年度までに兵器の輸出額を2021年度の15億ドル(1986億円)から50億ドルに増やす目標を掲げている。

 インドにとって、ロシアは安価な石油供給源として重要な位置を占めている。インドのロシアからの輸入総額(2022年度)は前年比62%増となった。インドは政治的にも、ロシアと良好な関係を保つことは対中関係上は自己の立場を有利するものと読んでいる。したがって、国連総会におけるロシア非難決議においても、一貫して棄権の立場を貫いてきたのである。

 しかし、最近はインドの対米傾斜の一側面も否定できない。インドは中国の軍事的プレゼンスに対抗するため、印米両政府は今年1月、軍事や先端技術での協力の構えを見せ始め、両国高官協議では、インドが製造する戦闘機のエンジンを共同生産する方向で検討することを確認したのである。

 

5. 中露と米を両天秤にかけて世界政治にのし上がるインド

 嘗て毛沢東政府は1960~70年代にかけて、ソ連とは革命路線の深刻な理論対立のみならず国境軍事衝突をも含む国家対立までに対立を深めた。同政権はソ連とアメリカ帝国主義とを両天秤にかけ、結局はソ連に敵対することを代償にして米帝国主義と国交を回復した。中国はその後、文化革命の危機を乗り越え、大幅な資本主義経済の導入によって現在の経済・政治大国を築きあげたのである。

 今回、帝国主義インドは中露とアメリカとを両天秤に掛け、両陣営とのバランスをとりながら、自らの国力の増大に応じてグローバルサウスの力を背景にその盟主として、世界政治経済における指導国の一員にのし上がろうとしているのである。

 

【補遺】グローバルサウスを巡る中米対立

1.  新興・途上諸国の債務危機の深化

 グローバルサウスは中国+発展途上国・新興諸国77カ国の総称として生まれた概念(「国連貿易開発会議」UNCTAD、1964年)であるが、現在はもちろん中国はもはやその範疇には属さず、その範囲も77カ国に限定されない低・中所得国の意味に使用されている。これらの国々の債務が2010年に4.3兆ドルであったのが2021年には2倍強の9.3兆ドル(1,250兆円)に膨張し、この巨額の借金が世界経済政治に大きな影を落とすこととなった。欧米帝国主義諸国の急速な金利上昇によって、新興・途上諸国は債務危機に陥るか、あるいは陥る可能性が高かくなった。危機を抱える61カ国の債務が8120億ドルとなり、世界経済の深刻な混乱を防止するためには、そのうち3170~5200億ドル(約70兆円)の減免が不可欠である、との指摘がある(「日本経済新聞」4/14)。このような状況の中で、「世界銀行は22年、世界の最も貧しい国々が同年中に官民の債権者に返さねばならない350億ドルのうち4割が中国向けだと指摘した」(「朝日新聞」4/22)。それだけに、中国のこれらの国々に対する政治的影響力が強まっている。

 G7は、国連総会でのロシア批判の決議には約3分の2の国々の賛成しか得られなかった。さらに中国の金融的なグローバルサウスへの影響力の拡大に直面して、米欧日帝国主義は、グローバルサウス対策に本腰を入れ始めた。その結果、グローバルサウスのうち、次の三分類の国々に対する政治的影響力の回復・強化を図ろうとしている。

・「地域のパートナー」(regional partners):対中露で協力するインド太平洋の東南アジア諸国やインドを想定し、これら諸国の中国への傾斜を防ぐ。

・志を同じくするパートナー(like-minded partners):食料、エネルギーなどで支援するアフリカや中東の国々など。食料やエネルギー安全保障の問題を抱える国を指す。ロシアからの穀物の供給不安などの影響を受けるアフリカや中東を支援するG7の方針を反映。

・意思のあるパートナー(willing partners):「国際法の順守など国際秩序の重要性」を訴える相手。「ロシアや中国の軍備強化により一方的現状変更を目指すことに反対する」と主張する国々との連帯をめざす。

 

 

 以上のようなG7の方針のお先棒を担ごうとしているのが岸田政府である。今年5月に開催するG7首脳会議に先立って、同会議の議長を務める岸田首相は、「同志国・地域代表」の8カ国(韓国、インド、インドネシア、ベトナム、オーストラリア、ブラジル、太平洋諸島の国であるクック諸島、アフリカの島国(コモロ)をG7首脳会談と並行して招待する予定である(上図)。また、岸田首相はG7首脳会議に先立ち4月、「法の支配」の強化を訴えるためにアフリカ4国(エジプト、ガーナ、ケニア、モザンビーク)とシンガポールの訪問に出発した。

 

2.  南太平洋諸国  米中の角逐

 

 

 まず、中国が防衛線としている第一列島線つまり沖縄列島から台湾に連なる線上の島々では、特に自衛隊の急速な強化が図られ、第二列島線東側では、アメリカはパラオ・ミクロネシア・マーシャル諸島と「自由連合協定」を結び、経済支援1兆円をテコにして、軍事協力の強化を図っている(上図)。

 一方、キリバスはオーストラリアやニュージランドが参加する「太平洋諸島フォーラム」を脱退し、中国は同国の滑走路の改修を支援し、ソロモン諸島とは安全保障協定を結んでいる。バイデン大統領は、5月のG7サミットの後、パプアニューギアの訪問を予定している。現職の米大統領が太平洋の島嶼国を訪れるのは異例のことであり、中国との対抗を強化しようとしているのである。

 

3. ASEAN諸国

 ASEAN諸国と中国との関係についても、親中・反中、あるいは親米・反米とは単純には割り切れず、各国は経済的利益及び安全保障の観点から米中に対するバランスをとりながら政策選択を行っている。例えば、ASEAN諸国は中国と2018年に海軍の合同演習を行い、2019年には米海軍との合同演習を行っているのだ。それだけに米中はASEAN諸国への影響力の拡大を競い、様々な接近方策を試みており、このような全体的な動向の中において、ASEAN諸国家が独自の立場を追求していることに注目しなければならない。

 

(ⅰ)フィリピン

 フィリピンは中国の海洋進出を最も懸念する国の一つである。フィリピンでは、経済優先、対中協調を主張するドゥテルテ前大統領に代わって昨年、マルコス大統領が誕生し、対中政策に変化が生じてきた。

 

 

 中国は南シナ海のほぼ全域の内部を「九段線」と称して、自国の主権を主張しているが、国際海洋法条約に基づくオランダ・ハーグ仲裁裁判所で2016年、その国際法的根拠が否定された。しかし、中国はその後も軍事拠点化をやめていない。フィリピンは昨年末、南シナ海で中国による新たな埋め立て地を発見したとして中国に抗議したが、中国側はこれを否定している(上図)。この他、フィリピン政府は中国の海上民兵船によるフィリピン船の追尾・妨害を公表した。

 一方、フィリピンはアメリカと2014年、「防衛協力強化協定」(EDCA)を結んでおり、米海軍の巡回駐留を認めてきた。今年4月、新たに4カ所の巡回駐留基地が増え、その内の2カ所は空港と海軍基地である。ルソン島北端から約350㎞に台湾最南端が位置する関係にあり、これらの駐留基地の拡大は台湾有事に対する布陣と見られている。

また、4月には米比の定例軍事演習「パリカタン」が台湾有事を見据えて過去最大規模の1万7600人以上が参加して行われた。中国も巻き返しを図り、習近平国家主席は今年1月にマルコス大統領を北京に招き、天然ガスの開発などで合意し、228億ドル(約3兆円)の投資を約束した。もともと、フィリピンにとって中国は最大の輸出先でもあるのだ。

 

(ⅱ) インドネシア

インドネシアは南シナ海南部の自国領ナトゥナ諸島付近の排他経済水域(EEZ)において石油と天然ガスの採掘を計画している。但し同海域は中国の主張する「九段線」の内部と重なり、新たな緊張関係を生む可能性がある(下図)。インドネシアはベトナムとは、EEZを確定させる12年間の交渉が終了したことを確認した。

 

 

 インドネシア政府は、ロシアのウクライナ侵攻を念頭において同海域での防衛を重視し、マレーシアおよびブルネイとの共同軍事演習を実施する方針である。

 一方、中国はインドネシアの動きに神経をとがらせ、既に2021年にはトゥナ・ブロックでの資源開発を中止するように求めたが、「九段線」を認めないインドネシアはこの要求を無視しており、両国間で緊張が高まる可能性も生まれている。

 

(ⅲ)シンガポールとマレーシア

両国首脳は4月に中国を訪問し、習近平国家主席および李強首相との会談をおこなった。中国とシンガポールとは「両国の関係を全方位で質の高い未来志向のパートナーシップ」に格上げすることに合意し、デジタル経済やグリーン経済などの分野での連携を見据えて、両国の自由貿易協定(FTA)の合意にむけての覚書を交わした。

 マレーシアは中国から約5兆円の投資を確保し、両国企業間で自動車や物流部門のプロジェクトに関する覚書を交わした。

 もともと中国は両国にとって最大の相手国だが、しかしロシアのウクライナ侵攻に関しては、シンガポールは西側諸国と足並みを揃えてロシア経済・金融制裁を科した。

 一方、欧米は同じ価値観を共有する国家間の供給網を整備する「フレンドシェアリング」を推進し、友好国への半導体の生産拠点を移すなど、ASEAN諸国への接近をはかっている。

 

(ⅳ)バングラデシュ

 バングラデシュは人口1億7,000万人でGDPの伸び率は年率で6~7%を維持する人口大国で、2026年には国連の最貧国リストLDCから外される予定である。同国には2015年以来2021年までで、日本の借款合計が1兆6,500億円に上っている。日本の投資で、同国初の都市鉄道や国際基準の工業団地、大型港湾整備など進められている。

 同国は国際政治的には中国に反発が強い。バングラデシュが1971年にパキスタンから独立した際、パキスタンを支持する中国は同国の独立や国連加盟に反対した歴史的経緯があり、親インドである。もとより、現在では中国の投融資も増えているが、ハシナ政権は南部のマタバリ港の大型港湾整備には日本の援助を選んだ。

 国内政治では、同国はアワミ連盟による事実上の一党支配で、野党やメディアを強権的に

抑え込む専制支配体制にある。

 

(ⅴ)ミャンマー

 軍事クーデタ(2021年2月1日)から2年以上経た今日まで、軍事独裁政権による反政府勢力に対する無差別銃撃や拷問・死刑による犠牲者が後を絶たない。2022年6月時点でも、その数は2千人を突破している(「NHK」2022/6/23)。またロヒンギャの人々に対する非道苛烈な武力弾圧はロヒンギャ難民問題(80~100万人)を一層深刻化させている。国連総会は昨年12月18日、「ミャンマーへの武器流入を防ぐ決議」を、賛成119、反対1、棄権36で採択した。一方、ミヤンマーへの3大武器輸出国である中国、ロシア、インドは棄権した。ASEAN諸国では、インドネシアやマレーシアは賛成したが、タイ、カンボジア、ラオス等は棄権した。ミャンマーはロシアや中国やインドにとって、経済的・軍事的に特別に重要な位置を占めている。

 ロシアはミャンマーに対する主たる兵器輸出元で、戦闘機・対戦車ヘリ・地対空ミサイル・装甲戦闘車など、2019年までで、その総額は8億7,000万ドル(約880億円)となっている(SIPRI、「日本経済新聞」2021/4/16)。

 今月2日、そのミヤンマーを秦剛中国国務委員兼外相が訪問し、ミン・アウン・フライン国軍総司令官と会談した。中国外相とミャンマーのトップとが会談するのは、軍事クーデタ以降、初めてのことである。王毅中国共産党政治局員が2022年にミャンマーを訪問したが、この時はミン・アウン・フライ総司令官とは会っていなかった。「秦剛外相は今回、国際社会がミャンマーの主権を認めるように述べ、ミャンマー軍事政権支援を改めて強調した。」と報じられている(5月3日「NHK」)。

 ミャンマーは中国にとって、軍事的・経済的・地政学的に極めて重要な位置を占めている。ミャンマーのチャウピュー港はベンガル湾に面し、インド洋に出るルート上にある。したがって、中国からは雲南省を経てチャウピュー港に向かえば直接インド洋にでることができるのである。さらに最近の報道によれば、ベンガル湾とアンダマン海に挟まれえた大ココ島に中国の軍事基地が建設中とのことだ。中国・ミャンマー両国は否定しているが衛星画像には軍事施設が映し出されている、という(「日本経済新聞」5/6)。ミャンマーはインド洋への玄関口であり、この問題でも中国とインドとの軍事的緊張は免れ得まい。

 秦剛外相はミャンマー訪問に先立ち雲南省の国境地帯を視察し、ミャンマーを横断し中国とインド洋を結ぶ物流・産業インフラを整備する「中国・ミャンマー経済回路」を前進させる構想を示した。ミャンマーにとっては、中国の大型インフラへの大投資が再開されることは重要な意味を持つ。この構想の中には、チャウピュー経済特区の開発や、両国を結ぶ高速道路や鉄道敷設の計画もある。

 中国のレアアース生産量は世界の70%を占め、ミャンマーはそのレアアース原料の重要な供給源である。しかもレアアース鉱山のほとんどは中国資本であり、その労働者の大半も中国人だ(「日本経済新聞」4/26)。「中東の石油あり、中国にレアアースあり」とは有名な鄧小平語録である。とりわけ、テルビウムやヤジスプロシウム(兵器生産に不可欠)の重希土類やネオジュームについては国内需要の過半数をミャンマーに頼っている(「日本経済新聞」2021/3/5)。

 ミャンマー軍事政権にとって、両国国境沿いの少数民族に影響力を持つ中国の存在も見逃せない。ミャンマー軍事政権に武装抵抗を続けている民主派の武器調達にこれら少数民族がかかわっており、この武器調達を遮断する意味でも中国の存在が重要だからである。

 このような中国の一連の行動は、ミヤンマーの反政府勢力の厳しい批判に晒されているだけでなく、世界中の民主諸勢力の間にも波紋を引き起こしている。

 もっとも、日本政府もまたミャンマー軍事政権を隠然と支持しており、クーデタ直後拒否していた軍政側任命の外交官の受け入れを同年5月には再開し、人道支援以外のODA援助も継続している。さらには日本財団の笹川陽平を「ミャンマー国民和解担当日本政府代表」として派遣し、軍政トップと接触させている。このことを批判せずして、中国のミヤンマー軍事政権に対する態度を云々することはできない。

 

(Ⅵ)ベトナム

 ベトナムは現在、「全方位外交」を掲げている。しかし、これまでには厳しい中越対立もあった。カンボジア問題を巡って1979年、中国がベトナムを軍事攻撃し撃退される中越戦争があり、1988年にはスプラリー諸島(南沙諸島)の領有権を巡り中越武力衝突が生じ、ベトナムは敗北した。その後、中越軍事衝突は一旦収まった。中国が2014年にパラセル諸島(西沙諸島)付近で油田開発を開始したのをきっかけに両国の対立は再燃したが、この対立も中国側の撤退によって一応は収まった。

 このような対中対立を背景とし、ベトナムは、アメリカ、日本、インドのとの関係改善に向かった。米越国交回復(1995年)、米越通商協定締結(2000年)、環太平洋経済協定(TPP)交渉への参加表明(2008年)、米越の「包括的パートナーシップ」締結(2013年)、グエン・フー・チョン共産党書記長の初訪米(2021年)、バイデン大統領とチョン書記長の電話会談(2023年)、今年4月のブリンケン米国務長官の訪越、等々。

 もとより、ベトナムは対米関係の改善と同時に対中関係改善にも細心の注意を払っている。最近、中国寄りの政府指導部の交代によって、政策変化が生じる可能性があると報道されているが、果たしてどのような変化が生じるのか否か、注目する必要があろう。

 ロシアとの関係では、ベトナム戦争以来のロシアのベトナム援助や現在まで続く対露武器輸入、等の関係でロシアとの対立関係は回避している。国連総会におけるロシア批判決議にも一貫して棄権を続けている。                   (2022.5.8)