ギリシャ総選挙2023


             大阪唯物論研究会会員 川 下 了

選挙の日の夜のKKE選挙総括集会で、国会前広場(シンタグマ広場)を
埋め尽くしたKKEの党員と支持者たち。中央奥の建物が国会議事堂

 さる6月25日、ギリシャで国会(定数300名。一院制。任期4年)のやり直し総選挙が実施されました。これは、5月21日に行われた総選挙で、過半数の議席を獲得した政党がなく、かつ連立内閣樹立の目途も立たなかったためで、新しい選挙法に基づいて、やり直し総選挙が行われたのでした。

 ギリシャの国会議員の選挙は、比例代表制を基本にしています。最初の総選挙では300議席すべてを各党の得票率に比例させて議席を配分します。ただし得票率が3%に満たない政党には議席は配分されません。やり直し総選挙でも比例代表制で議員を選出するのですが、やり直し選挙では最大の得票率を獲得した政党に、その得票率に応じてボーナス議席が与えられます。第1党が25%以上の票を獲得した場合には20議席のボーナス議席が、得票率が40%を越える場合には最大50議席のボーナス議席が追加で与えられます。そして残りの議席を、各政党の得票率に応じて分配します。

 5月21日の総選挙の結果について、ごく簡単な評価を『ギリシャ総選挙(2023/5)短評』という文書を本ブログでも公表しましたが、今回はその一部を再録しつつ、やり直し総選挙の結果についてお伝えします。

 ギリシャは、人口1,064万人、国土約13万Km2(日本の約1/3)、GDP2,148億ドルの小国です。しかし欧州と中東の接合部に位置し、地政学的重要性により近現代史においても重要な役割を果たしてきましたし、今も果たしつつあります。さらに2009年のギリシャ債務危機以来、欧州の金融システムを揺るがす危険因子の一つとして、欧米の支配層はギリシャの政治・経済に注意を注いできました。

 しかし筆者は別の観点から、ギリシャの政治・経済動向に注意を払ってきました。それは、ソ連と社会主義世界体制崩壊後の国際共産主義運動において、ギリシャ共産党が理論と実践の両面で重要な役割を果たしてきたからです。そういう訳で、今回のギリシャ総選挙を、支配階級の関心とは別の関心から見ることにします。なお外国語のカタカナ表記は、できるだけ発音に近い形で表し、アクセントの位置を下線で示しています。

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《新刊紹介》イチ押しは『福田村事件』

               大阪唯物論研究会会員 倉島伝治 

 今回は、以下の4つの作品を紹介します。イチ押しは、1番の『福田村事件』です。前回『鶴彬』を紹介しましたが、「初見」との声があったので、佐高信(さたかまこと)の参考文献に未収録の文献から幾つかを紹介します。

1.『福田村事件』
  辻野弥生 著  五月書房新社  2023年7月10日 発行
  270頁  ¥2,200円
  関東大震災時に、朝鮮人に間違われて虐殺された被差別部落民の事件を、
 掘り起こした書。2013年刊行後絶版になっていたが、今回増補改訂版と
 して復刊。朝日新聞6月20日号夕刊で紹介された。

2.『やさしい猫』
  中島京子 著  
  中央公論新社  2021年8月25日 発行
  414頁  ¥2,090円
  ちょっと古いが、オーバーステイと「入管」問題を告発する小説。
 6月24日(土曜日)からNHKで連続テレビドラマとして放映中。

3.『スーパーマンは来ない』
  エリン・プロコビッチ 著  旦 祐介 訳
  緑風出版  2023年3月10日 発行
  418頁  ¥3,520円
  米国における水汚染の実態とそれに対する闘いの紹介。
 「スーパーマンは来ない」は自らの手で勝ち取る以外には
 解決しないとのアピール。軍事基地とPFASの告発も含まれている。

4.『ヒトは軍用AIを使いこなせるか』
  ジェームズ・ジョンソン 著  川村幸城 訳
  並木書房  2023年6月10日 発行
  362頁  ¥2,420円
  核大国間の戦略的安定性に対する軍用AIの影響を考察し、
 「核の不安定化時代の再来」と結論付けている。

 

『鶴彬』関連の参考文献・未収録文献

 鶴彬は全日本無産者芸術連盟(ナップ:〔エスペラント語〕Nippona Artista Proleta Federacion)で活動したにもかかわらず、「中野重治全集」の索引で見る限り全く登場しません。また、1955年版の「日本プロレタリア文学大系(全9巻)」にも痕跡すらありません。鶴彬は、「反戦川柳人」にとどまらず「プロレタリア川柳人」として評価されなければなりません。

1.『詩人の生と死について』
  江森盛彌 著
  新読書社  1959年 発刊

2.『近代の漂泊』
  秋山清 著
  現代思潮社  1970年 発刊

3.『鶴彬研究(1~21)』
  鶴彬研究会  1978~1985年 発刊

4.『日本社会運動人名辞典』
  塩田庄兵衛 編
  青木書店  1979年 発刊

5.『鶴彬の軌跡』
  岡田一と 著
  文藝集団  1981年 発刊

6.『日本プロレタリア文学集・第40巻』
  岡田一と 著
  新日本出版社  1988年 発刊

7.『反戦川柳作家 鶴彬』
  深井一郎 著
  日本機関紙出版センター  1998年 発刊

8.『道頓堀の雨に別れて以来なり』
  田辺聖子 著
  中央公論新社  1998年 発刊

9.反戦を貫いた鶴彬
  音谷健郎 記
  朝日新聞  2003年7月4日・朝刊

10.『鶴彬の川柳と叫び』
  尾藤一泉 著
  新書館ブックス  2009年 発刊

11.映画『鶴彬 こころの軌跡』
  神山征二郎 監督  2009年
  シナリオは「シネフロント別冊37号」

12.小説『鶴彬』
  吉橋通夫 著
  新日本出版社  2009年

13.『反戦川柳 17文字に込めた危機感』
  中村尚徳 記
  朝日新聞  2016年6月13日・朝刊

広島を辱め、失敗に終わった「G7広島サミット」

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白日の下にさらされた西側帝国主義の歴史的凋落
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                              大阪唯物論研究会会員 岩 本  勲

 G7サミットは、「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」と銘打ちながら、その中身は核軍縮なく「核抑止論」とG7側の核武装を正当化し、ウクライナ戦争の停戦・和平ではなく拡大と長期化を目指し、中国との和解ではなく緊張を煽り、気候問題では石炭火力発電廃止の時期を明示せず、逆に原発の全面的推進を掲げた。一方、対中国政策ではアメリカとフランス・ドイツとの間で明確な差異が明らかとなり、グローバルサウスの取り込み政策にも失敗した。
 G7に対抗して開催されたのが、中国・中央アジアサミットやBRICS5カ国の外相会議とBRICS友好国15カ国外相を招いた合同会議であった。さらに南米では、ブラジルのルラ左派社民新政権による南米11カ国首脳会議も行われた。
 いまや、BRICSのGDPはG7の6割弱(2022年)に迫り、G7の歴史的凋落はよほどの偏見をもつ者以外の目には、もはや明らかである。広島G7サミットは、G7が世界を全一支配した一時代(ソ連の崩壊からの30数年)が終わったことを示すと同時に、それに抗い「戦争と核使用」を挑発するG7の醜悪な姿を浮き彫りにした。

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《新刊紹介》イチ押しは『反戦川柳人 鶴彬の獄死』

           大阪唯物論研究会会員 倉島伝治

 

 できれば今後このブログを通して、共産主義や民主主義の徹底に関心を持つ方を対象に、定期的な新刊紹介を行っていきたいと思っています。

 今回は、以下の6つの作品を紹介します。イチ押しは、5番の『反戦川柳人 鶴彬(つるあきら)の獄死』です。

 

1.『プロレタリア文学とジェンダー』
 飯田祐子 中谷いずみ 笹 尾佳代 編著
 青弓社 2022年10月24日 発行
 P307 ¥4400
 表題からは「ハウスキーパー問題」しか思い浮かばない者としては、教えられることが多い。

 

2.『ボーダー 移民と難民』
 佐々涼子 著
 集英社 2022年11月30日 発行
 P267 ¥1980
 「入管・難民法改正案」に反対する立場を鮮明にして移民・難民・技能実習生・外国人労働者を取材したノンフィクション作品。

 

3.『魂魄(こんぱく)の道』
 目取真俊 著
 影書房 2023年2月7日 発行
 P186 ¥1980
 既発表のもの5本を合わせた短編集。「世界」に発表されたもの2本を含んでいるので、いまさら紹介もという感じだが、沖縄の置かれている現状を考えれば単行本化は意味あることだと思う。

 

4.『コロナ禍の労働・生活とジェンダー』
 昭和女子大学女性文化研究所 編
 御茶の水書房 2023年2月22日 発行
 P165 ¥4180
 「労働とジェンダー」と言えば非正規雇用労働者・男女賃金格差の問題抜きには語れないが、「女性活躍推進企業の女性正社員の現状」という関心ではどうかと思うが「コロナとジェンダー」を結びつけた本は少ないので。


5.『反戦川柳人 鶴彬の獄死』
 佐高信 著
 集英社新書 2023年3月22日 発行
 P221 ¥1078
 古関裕而(軍歌作曲家)を主人公とした2020年のNHKの朝の連続テレビドラマへの怒りをもとに書かれた。

 

6.『沖縄の生活史』
 沖縄タイムス社 編
 みすず書房 2023年5月12日 発行
 P855 ¥4950
 大部なので読み終えていないが、朝日新聞6月7日夕刊の社会面で紹介されていたこともあり、紹介することにした。

 

 

ギリシャ総選挙(2023/5)短評

            大阪唯物論研究会会員 川 下 了

 さる5月21日、ギリシャで国会議員総選挙(定数300名。一院制。任期4年)が行われました。ギリシャは、人口1,064万人、国土面積約13万Km2(わが国の約1/3)、GDP2,148億ドル(世界52位/2021年)の小国です。日本では、「オリンピック誕生の地」として記憶されている程度で、マスメディアも今回の同国の総選挙にほとんど関心を示しませんでした。しかし同国は欧州と中東の接合部に位置し、地政学的重要性により古代ギリシャ時代は言うに及ばず、近現代史においても重要な役割を果たしてきましたし、今も果たしています。さらに2009年のギリシャ債務危機以来、欧州の金融システムを揺るがす危険因子の1つとして、欧米の支配層はギリシャの政治・経済に注意を払ってきました。

 しかし筆者は別の観点から、ギリシャの政治・経済動向に関心を寄せてきました。ソ連と社会主義世界体制の崩壊は、国際共産主義運動に破壊的な影響を与えました。多くの共産党・労働者党において、共産主義から社会民主主義への転換が起こり、欧州を中心に解党する党まで現れました。そのような崩壊現象の中でギリシャ共産党は、マルクス・レーニン主義を堅持し、国際共産主義運動の再結集の中心を担って来ました。また近年は、中国の市場主義的社会主義の評価をめぐる国際共産主義運動内の論争やウクライナ戦争をめぐる論争の一方の陣営の旗頭となっています。そういう分けで、今回のギリシャ総選挙を、支配階級の関心とは別の関心から見ることになります。

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国際共産主義運動研究(1)

                大阪唯物論研究会会員 川 下 了

 2022年2月24日、ロシアがウクライナに対する特別軍事作戦を開始し、世界を震撼させました。しかしそのこと自体が、現代世界の歪んだ認識の表現でもありました。何故なら、独立主権国家に対する列国の軍事侵攻は、今に始まったことではないからです。2001年に始まって2021年まで20年以上も続いた米国によるアフガン戦争だけを取り上げるだけで十分でしょう。軍事的侵攻による独立主権国家イラクやリビアの政権転覆も然りです。しかしそれらに対して、欧米列強や日本を含む先進資本主義諸国ではパニックは起きませんでしたし、軍事侵攻した米国やNATO諸国に対する非難も一部に止まりました。結局、先進資本主義諸国(その多くは帝国主義国家であるのですが)が自分たちの言うことを聞かない発展途上諸国に対して行う軍事的侵攻は、当然とは言わないまでも黙認するが、先進資本主義諸国に対する軍事侵攻には反射的に身構えるという分けです。ウクライナ戦争は、資本主義世界体制の諸矛盾が、先進資本主義国間の戦争を引き起こすまでに深刻化していることを示しています。

 共産主義者は、帝国主義時代の戦争を資本主義の根本矛盾の爆発として捉え、戦争を根絶するためには資本主義体制を廃絶すること、すなわち世界の社会主義的改造を実現することだと考えてきました。ウクライナ戦争の勃発という緊迫した世界情勢の下で、昨年10月27~29日に、キューバの首都ハバナで、第22回共産党・労働者党国際会議(IMCWP)が開催されました。共産主義者はもとより、ウクライナ戦争の早期終結を願う人々は、この会議が如何なる合意文書を発表するか、期待と不安を持って見守りましたが、会議はウクライナ戦争について、国際共産主義運動の内部に鋭い意見の対立があることを公然化させました。

 国際共産主義運動は、ソ連と社会主義世界体制の崩壊以降、大きな困難と理論的混乱に陥っており、特に先進資本主義諸国においてその影響力を顕著に低下させてきました。この困難からの脱出は、理論的混乱を克服すること抜きには不可能であり、社会民主主義と明確に異なる社会主義への道を示すことが喫緊の課題であると確信しています。この観点から世界の共産党・労働者党の見解を研究することの重要性を強調すると同時に、その一翼を担うべく、世界の共産党・労働者党の理論と政策を調べ、順次紹介していく予定です。

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グローバルサウスの盟主を目指すインド

                                                               大阪唯物論研究会会員 岩 本  勲

 

 

はじめに

 世界政治経済は、アメリカ帝国主義の中東における歴史的な政治的・軍事的敗北やウクライナ戦争に関する国連総会決議に象徴的に表明される如く、深刻な地殻変動に見舞われている。それは、嘗てのソ連を中心とする社会主義体制と米欧日の帝国主義体制との体制間対立に代えて、米欧日帝国主義ブロックと中国を筆頭とする、BRIKCS及びグローバルサウス(後述、補遺参照)内の多くの国々からなるブロックとの政治的・経済的対立である。だが、注意しなければならないのは、米欧日を中心とする古い帝国主義ブロックにおいては依然として帝国主義間矛盾が存在しており、またこの中国ブロックも決して一枚岩でなく、階級構成において異なった諸国家によって構成されており、矛盾と対立を内包していることである。世界情勢を見る時、この点に留意しないかぎり正確な判断を誤るのである。特に中国に対抗してグローバルサウスの「盟主」を自認する「目覚めた大国、インド」の動向に注目しなければならない。

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