ギリシャ総選挙(2023/5)短評

            大阪唯物論研究会会員 川 下 了

 さる5月21日、ギリシャで国会議員総選挙(定数300名。一院制。任期4年)が行われました。ギリシャは、人口1,064万人、国土面積約13万Km2(わが国の約1/3)、GDP2,148億ドル(世界52位/2021年)の小国です。日本では、「オリンピック誕生の地」として記憶されている程度で、マスメディアも今回の同国の総選挙にほとんど関心を示しませんでした。しかし同国は欧州と中東の接合部に位置し、地政学的重要性により古代ギリシャ時代は言うに及ばず、近現代史においても重要な役割を果たしてきましたし、今も果たしています。さらに2009年のギリシャ債務危機以来、欧州の金融システムを揺るがす危険因子の1つとして、欧米の支配層はギリシャの政治・経済に注意を払ってきました。

 しかし筆者は別の観点から、ギリシャの政治・経済動向に関心を寄せてきました。ソ連と社会主義世界体制の崩壊は、国際共産主義運動に破壊的な影響を与えました。多くの共産党・労働者党において、共産主義から社会民主主義への転換が起こり、欧州を中心に解党する党まで現れました。そのような崩壊現象の中でギリシャ共産党は、マルクス・レーニン主義を堅持し、国際共産主義運動の再結集の中心を担って来ました。また近年は、中国の市場主義的社会主義の評価をめぐる国際共産主義運動内の論争やウクライナ戦争をめぐる論争の一方の陣営の旗頭となっています。そういう分けで、今回のギリシャ総選挙を、支配階級の関心とは別の関心から見ることになります。

【1】 今回の選挙結果の4つの特徴

 今回の総選挙は、次の4点によって特徴付けられます。

  • 第1に、保守本流の与党ND(Νέα Δημοκρατία:新民主主義)が、146議席を得て(得票率40.8%)第1党の地位を維持しましたが、過半数の150議席には届きませんでした。NDは得票率をわずかに上げましたが、議席は大きく減らしました。これは後でのべるボーナス議席が無くなったからです。ギリシャの経済状況は急速に悪化している上に、スキャンダルも続いているのですが、今のところ支持率を減らしていません。
  • 第2に、最大野党のSYRIZA(Συνασπισμός Ριζοσπαστικής Αριστεράς:急進左派連合)が15議席を失い、大幅に後退しました。かつての日本の民主党政権のように、2015年に政権奪取をした後、結局はEUの緊縮政策を受け入れて、2019年の選挙で政権を喪失してしまいました。そして今回選挙でも引き続き得票率を減少させました。
  • 第3に、KKE(Κομμουνιστικό Κόμμα Ελλάδας:ギリシャ共産党)が10議席増やして大きく前進しました。2012年のギリシャ金融危機の際に得票率を激減させた(4.5%)まま、ここ10年間は得票率が5%台に低迷していましたが、今回2%以上得票率をUPさせました。ウクライナ戦争の混乱と反共宣伝が吹きまくる中での前進は、注目に値します。
  • 第4に、正真正銘のファッショ政党であるGD(Χρυσή Αυγή:黄金の夜明け)が、選挙という政治の場から退場しました。2020年10月7日、アテネ控訴院は同党の政治指導者を含む68人の被告に対する評決を発表し、ニコラオス・ミカロイアコス書記長と他の著名なメンバーおよび元国会議員6名が犯罪組織運営の罪で起訴されました。移民と左翼政敵に対する殺人、殺人未遂、暴力的攻撃の罪で有罪判決が言い渡され、指導者は刑務所に送られました。その結果、同党は今回選挙には候補者を立てることができませんでした。ただ、同党の組織は、ギリシャ警察内に非公然の組織を作って根を張っているとの指摘もあり、警戒心を解くことはできませんが、一応は封じ込めたと言えるでしょう。

 

 半数に近い議席を獲得して第1党の地位を維持したNDは、少数政党を抱き込んで政権を発足させるか、6月にも再選挙を実施して単独政権を目指すかの選択を迫られることになりましたが、ミツォタキス首相(ND)は21日の夜に勝利宣言を行い、「『安定したかじ取りが必要だ。市民はNDによる自立した政府を選んだ』と述べ、再選挙に挑み、単独政権を目指す意向を示唆した。」(22日付『読売新聞(電子版)』)と報じられました。そして同氏は実際に、再選挙を選択しました。再選挙は、6月25日に行われます。

 

【2】 選挙制度改定とその影響

 ギリシャの国会は定数300の一院制議会です。議員の任期は4年です。今回の総選挙から選挙制度が変わりました。48ある複数定員選挙区から280人、8つある単独定員選挙区から8人、全国区から12人の議員が選出されます。それぞれ比例代表制で、複数定員選挙区では複数人分投票用紙に書き込みます。

 4年前までの選挙制度では、定数300のうち250を比例代表制で選び、そして第1党にはボーナス議席として50議席が追加で与えられました。比例代表制による選挙では、小党乱立状態が生じやすく、どの党も安定した多数を占めることが難しくなります。実際、今回の選挙でも35の党が候補者を立てました。得票率3%に満たないと政党には議席を与えないという『足きり条項』によって、議席を獲得した政党は5つの政党に限定されましたが、そのうちの『改革連合(Κίνημα Αλλαγής)』は3つの政党の選挙連合であり、実質は7つの党が議席を得たことになります。その結果多数の党の連立政権となるのですが、意思決定に時間が掛かったり離脱政党が頻繁に出たりして、やはり安定政権ができにくくなります。そこで考え出されたのがボーナス議席です。

 ボーナス議席が完全に無くなったかというと必ずしもそうではありません。総選挙で過半数の議席を獲得する政党がなく、かつ連立政権の目途も立たない場合には、やり直し総選挙が行われます。やり直し総選挙では、ボーナス議席が復活します。やり直し総選挙では、第1党が25%以上の票を獲得した場合には20議席のボーナス議席が追加で与えられます。さらに第1党の得票率に応じてボーナス議席は増え、得票率が40%を越える場合には最大50議席のボーナス議席が追加で与えられます。NDは、このやり直し総選挙によって安定多数の獲得を目指す選択を行いました。

 

【3】 KKEのホームページの記事

 以下、KKEのホームページに掲載された記事で、KKEの選挙結果の詳細を見ることにします。

得票率7.23%、得票数425,000票、議席数26を獲得した国会選挙でのKKEの強化は、諸勢力の否定的相関関係の中での肯定的なワン・ステップである

 2023年5月21日の選挙は開票が99.7%完了し、得票率7.23%、得票数425,795票(+126,000票)、議員数26名(+11名)を獲得したKKEは、得票率2%増という重要な成果を上げた。

 選挙では、新しい社会民主主義政党である『急進左翼連合〔SYRIZA〕』(20.07%)と『欧州の現実的不服従戦線〔MeRA25〕』(2.62%)—— 同党は3%足切り条項を越えられずに獲得議席ゼロ —— が大幅な減少を見せる中で、右翼政党の『新民主主義〔ND〕』(40.79%)が勝利した。 社会民主主義の最古の政党である『全ギリシャ社会主義運動〔PASOK〕』(11.46%)が勢力を伸ばし、民族主義政党の『ギリシャの解答〔GS〕』(4.45%)は前回選挙に続いて再び議席を獲得した。詳細な結果は次の場所で確認できる。

https://inter.kke.gr/en/articles/Significant-rise-of-the-KKE-a-hopeful-message-for-the-people/

 5月21日の選挙で、KKE はアテネ、ピレウス、その他の大都市の労働者階級の居住区である都市中心部で大幅に支持率を上げ、10%近くかあるいはそれを超えた。 全国的に見てKKEは、ギリシャの13地域のうち12地域で前回2019年の選挙と比べて得票率が42%増加した。KKEは海外の有権者の間でも10%以上を獲得した。かつては共産主義者の亡命地であったイカリア島では、得票率35%で1位となった。

 ギリシャ議会300議席中の146議席を獲得した与党『新民主主義』は、議会の絶対多数を確保するために他党と連立政権を組まないことを決定した。その結果、ギリシャは新たな議会選挙を迎えることになり、それは2023年6月25日に実施される可能性が最も高い。新たな選挙は異なる選挙法に基づいて実施され、第1党に40議席のボーナスが保証され(注1)、単独政権の樹立が可能となる。KKEが5月21日に獲得した26議席を維持するためには、得票率と得票数(注2)を新たに増やす必要がある。

 5月23日、KKEの中央委員会が開催され、この結果を「諸勢力の否定的相関関係の中での肯定的なワン・ステップ」と評価し、党の政治闘争を激化させて新たな選挙でさらに強くなるという目標を設定した。KKE中央委員会声明の翻訳版を近日中に公開する予定である。

 幾十もの共産党・労働党に対して、選挙前期間を通してわが党に寄せられた支援と、KKE中央委員会本部に届けられた祝電に、感謝申し上げたい。

https://inter.kke.gr/en/articles/The-strengthening-of-the-KKE-in-the-parliamentary-elections-with-7.23-425000-votes-and-26-MPs-is-a-positive-step-within-a-negative-correlation-of-forces/

(注1)「第1党に40議席のボーナス議席が与えられる」と記述されているが、前述の選挙制度改定によって、ボーナス議席の数は、第1党の得票率に応じて20~50議席の範囲で与えられる。

(注2)やり直し選挙では、ボーナス議席が存在し、第2党以下はその分を除いた議席を得票率に応じて獲得することになり、第1回選挙と同じ得票率では議席は減少する。

 

【4】 KKEの選挙総括

 ジミトゥリス・クツンバス(Δημήτρης Κουτσούμπας)KKE中央委員会書記長は、投票日に夜に声明を発表し、今回の総選挙の結果を総括しました。声明は以下の通りです。

KKEの顕著な躍進、それは人民にとっての希望に満ちたメッセージである

 ジミトゥリス・クツンバスKKE中央委員会書記長は、選挙の夜に次の声明を発表しました。

 「KKEの中央委員会を代表して、私たちは、今日この一歩を踏み出し、KKEの顕著な躍進をもたらしたKKEへの投票を行った、幾千人もの労働者と若者に挨拶を送ります。

私たちは、この選挙結果に貢献し、最善を尽くしたKKEとKNE(ギリシャ共産主義青年団)の幾千人ものメンバーと幹部を祝福したいと思います。

 この結果は、過去数年間に共産主義者と共に闘争や重要な行動に参加した労働者と人民の経験の果実です。とりわけ、候補者として、あるいはKKEの強化に個人的かつ多面的に貢献することによって、この選挙戦で私たちと力を合わせてくださった方々に感謝申し上げたいと思います。

 わが党の周りに結集した新旧諸勢力は、今日、人民の反撃の道、大衆性を備えた階級闘争、労働組合運動全体の再結集、諸独占体と資本と資本主義に立ち向かう社会的同盟に、新たな推進力を与えることができます。

 KKEの政治的影響力の強化、特に国内の重要な都市中心部における、大都市の労働者階級の近隣地域における、また例えばアッティキ(Αττική)のような産業労働力と一般の労働力の大部分が集中している諸地域におけるKKEの政治的影響力の強化は、明日への道を切り開く有望なメッセージです。

 ND(新民主主義)、SYRIZA(急進左翼連合)、PASOK(全ギリシャ社会主義運動)のブルジョア諸政党間の勢力関係が今日の選挙で明らかになりましたが、それは、同様の反人民的方向性を継続する政府を樹立する可能性だけでなく、野党となるであろう諸勢力からの合意と支持も示しており、それは、民間部門と公共部門の労働者、自営業者、科学者、農民、年金受給者、若者を犠牲にした大資本の利益のためのものです。

 KKEがこれまでずっと指摘してきたように、彼らの個別的な違いや対立にもかかわらず、彼らの基本的な戦略的諸政策と基本的な方向性において、彼らが一つに収斂しているのは明らかです。それだけではありません。特にSYRIZAは、過去4年間、政権を握っていた時も、また野党時代にも、人民の保守的方向転換への主要な媒体となってきました。そして最終的には、新民主主義の横行に燃料を供給しました。従ってギリシャの人民と若者は、明日から、復興基金の新たな前提条件 —— 削減と緊縮の新ラウンドや厳格な財政政策 —— 履行のための新たな攻撃の波に、新たな経済恐慌に、ウクライナにおける帝国主義戦争に関係する危険な展開に、そしてギリシャのそれへの一層の加担に、またNATOの傘の下でのギリシャ・テュルキエ(トルコ)関係にかかわる否定的な解決に、直面することになるでしょう。これらのすべてが、出現する新たな反人民的政府によって実行されるでしょう。これらすべての反人民的な諸政策に直面する中で、支持も、寛容も、妥協も、絶対あり得ません!

 KKEは、議会の中でも、また議会の外でも、人民と若者の、命と収入とすべての権利を守るための階級的で人民的な闘いの側に立ち、わが人民にとっての唯一の希望の持てる野党となります。

 新選挙の意図やシナリオは、政府を樹立できないからではなく、彼らが、脅迫的ジレンマを抱える人民の投票を変え、新選挙法に基づく票と議席を掠め取ることを望んでいるからです。従ってこの場合、今からKKEのさらなる強化に備える必要があります。なぜなら、彼らの反人民的行動計画表は、今まで以上のものだからです。ですからKKEは、議会と街頭闘争の両方で、資本主義打倒の水路に沿って人民の抵抗と反撃を組織するために、選挙で人民から与えられた権力を利用します。KKE の国会議員は、人民の要求を真に支援します。彼らは、議会においても、またどこでも、人民の利益を擁護し促進する声を強めます。

 これからも私たちは、私たちが始めたそのやり方を継続していきます。力強い、ダイナミックな方法で。」

                            2023年5月22日

選挙の日の夜のKKE選挙総括集会で、国会前広場(シンタグマ広場)を埋め尽くしたKKEの党員と支持者たち。中央奥の建物が国会議事堂

 

【5】後書き

 本記事は、とりあえず総選挙第1ラウンドの結果をお知らせすることを主目的として、総選挙の背景となるギリシャ経済の状況やKKEとその政策についてほとんど触れることができていません。できるだけ早い時期に、それらについて、KKEの正式の選挙総括と併せて紹介したいと思います。   (以上)