『宇宙創造に関する標準モデル』(ビッグバン宇宙論)への疑問

—— 唯物論的宇宙観の確立のために ——

                                      大阪唯物論研究会会員 兵庫正雄

Wikipediaに掲載されている『宇宙発展の模式図』 出処:(宇宙の年表 - Wikipedia)

【はじめに】

 本稿では、宇宙創造に関する標準モデル、すなわち一般には「ビッグバン理論」と呼ばれているものについて考察する。本稿で宇宙論を取り上げる理由は、それが「唯物論か観念論か」という哲学上の根本問題を提起しており、現代宇宙論が現代観念論の根拠付けに利用されているからであり、それを批判することによって唯物論的世界観の再確立に寄与するためである。天文学上の知見に新しいものを付け加えることを意図したものではないことを始めに断っておく。

 今日、天文学の標準理論として、「ビッグバン理論」あるいは「ビッグバン・インフレーション理論」が大多数の宇宙物理学者たちによって支持されており、それに疑問を呈する学者は圧倒的少数である。しかし言うまでもなく、事柄の真偽はそれを支持する人の数によって決まるものではない。筆者は、「天文学の標準理論」に疑問を表明している少数の学者たちの見解をフォローしながら、唯物論的見地から現代宇宙物理学が陥っている観念論の袋小路を批判的に検討し、唯物論的宇宙観の再確立のための作業を続けてきた。

 ところで「ビッグバン理論は、宇宙が非常に高温高密度の状態から始まり、それが大きく膨張することによって低温低密度になっていったとする膨張宇宙論である。」(Wikipedia)と一般には理解され、表紙のような図が宇宙の歴史として示される。この広大な宇宙が、137億年前には直径1cm程度の大きさであったとされ、さらに「インフレ―ション理論」によれば、ビッグバンの10-33秒前には、直径が10-33cmの極小の粒であったという。「インフレ―ション理論」のような光速の1022倍もの膨張速度は一旦脇に置くとして、直径1cm程度の宇宙が膨張を続けて137億年後の今日、今我々が観測しているような広大な宇宙に成長してきたとする「ビッグバン理論」は、観測される諸データから、「今現在、宇宙は膨張している」という結論に導く「宇宙膨張論」に基づいている。例え「宇宙膨張論」が正しいとした場合でも、その膨張傾向を過去に敷衍(ふえん)して、「宇宙は、かつては極小の粒から出発した」という結論を導き出すのは論理の飛躍である。そして「宇宙膨張論」自体が正しいかどうかも、当然吟味される必要がある。本稿は、この「宇宙膨張論」自体に対する疑問を表明するものである。

 事柄の性質上、本稿を理解してもらうには、最小限の専門的知識が必要となる。そこで本題に入る前に、「宇宙膨張論」を理解するための簡単な解説を以下に示しておくことにする。

【宇宙論における距離の測定】

 「膨張宇宙論」は、観測結果によれば、「宇宙の諸銀河は互いに遠ざかっており、遠くの銀河ほど早い速度で遠ざかっている。」ということを土台にして成立っている。この場合、「諸銀河間の距離」と、「諸銀河が遠ざかる速度」を観測によって求める必要がある。

 まず「諸銀河間の距離」であるが、我が太陽系が属する「天の川銀河」の近傍にある「大マゼラン雲 [LMC:Large Magellanic Cloud] 矮小銀河」でさえ、地球から16万光年(光が16万年かかって進む距離)の遠方にある。このような遠方にある銀河までの距離はどのようにして測定するのであろうか。既知の距離BCを使って未知の距離ABを求めるのに、三角測量法が古くから用いられてきた。つまりAB=BC×cotΘである。cotΘはAB/BCで示される三角関数で、Θが分かればcotΘの値がわかる。するとABの値が分かる。しかし観測対象であるAが観測者Bから極めて遠くにある場合、観測者が移動する距離BCを相当大きく採っても、そのことによって生じる視差の角度Θは極めて小さいために観測できなくなる。例えば月までの距離(約38万km)であれば、地球上の1万kmはなれた2点を観測地に選べば、視差Θは1.49018度となり十分観測可能である。それで古代ギリシャ人は月までの距離を知り得た。

 しかし火星までの距離となると、火星が地球に最も接近したときでも7千万km離れており、地球上の1万kmはなれた2点を観測地に選んでも視差は0.002514度で、19世紀の技術水準では観測は困難であった。しかし既知の距離として地球の軌道を利用すると話しは異なる。地球は太陽の周りを1年かけて一周する。その軌道は楕円であるが平均距離はおよそ1億5千万kmである。これを用いれば15億km離れた土星でも、その視差(年周視差)は5.98592度となり、十分に測定可能である。従って太陽系の惑星までの距離については、この地球と太陽との平均距離を利用して視差を測定すれば求められる。そのため、天文学ではこの地球と太陽との平均距離を単位とする距離の表記法がしばしば用いられる。この単位は「天文単位 [Astronomical Unit]」と呼ばれ、auと表記される。この単位を用いれば、地球から火星までの距離は1.52auであり、土星までの距離は9.54auと表記される。

 ところが太陽系外の星となるとさらに話しは変わってくる。地球に最も近い太陽以外の恒星とされているプロキシマ・ケンタウリでさえ、光が一年間で進む距離(約9兆4600億km)の4.246倍もの遠くにある。光が一年間に進む距離を単位とする距離表記を光年 [light-year] と言い、単位記号はlyと記される。1 ly = 63,240auであり、プロキシマ・ケンタウリは269,656 auもの遠くにある。

 この場合、地球の公転軌道を利用して測定される視差は0.000213375度であり、大気のある地上での観測は不可能である。宇宙望遠鏡などを用いれば、「100光年くらいまでの天体は三角法によって求められる」(注1)とされている。しかし「天の川銀河」以外の銀河との距離となると、最も近い「大マゼラン雲矮小銀河(LMC)」ですら16万光年も離れており、年周視差を利用した距離の測定は不可能となる。宇宙の天体までの距離を測定する方法としては、大きく分けて次の5つの方法を示すのが一般的である(注2)

  1. 「天の川銀河」内の比較的地球に近い(100 ly以下)恒星については、三角測量法を用いる。
  2. 100 lyより遠くにある「天の川銀河」内の恒星については、恒星の色から得られるその恒星の絶対的明るさ(絶対等級)と地球で観測される見かけの明るさ(等級)との比率を用いる。
  3. 「天の川銀河」以外の比較的近い銀河までの距離は、「脈動変光星」を用いる。
  4. 「天の川銀河」以外の比較的遠い銀河までの距離は、その銀河系内に存在する「超新星」を用いる。
  5. さらに遠方にある銀河までの距離は、その銀河が遠ざかる速度を用いる。

(注1)(注2)の出処:国立天文台のホームページ

 「宇宙膨張論」は、「すべての銀河は互いに遠ざかりつつある」という命題と、「遠ざかる速度(後退速度v)は、銀河間の距離rに比例する」という命題に依拠している。これを数式で表すと、v = H× rで示される。そしてこの比例定数Hを「ハッブル定数」あるいは「ハッブル=ルメートル定数」といい、この式で示される法則を、「ハッブルの法則」あるいは「ハッブル=ルメートルの法則」と呼んでいる。後退速度vはkm/sで、距離rはMpcで表されている。この距離の単位は、天文学でよく用いられるもので、Mはメガ(10)を意味している。つまり1Mpcは100万pcである。そしてpcはparallax (視差)second (秒角)の縮約語parsec(パーセク)である(par second[毎秒]の略称ではない)。1 pcは、年周視差が1秒角(1度の3600分の1の角度)となる距離をいう。つまり、
       1 pc = 3.0857×1013km(約30京8568兆km) = 3.2616 ly
の距離である。1 Mpcは、およそ326万光年ということになる。

【諸銀河の相対速度の測定】

出処:赤方偏移 - Wikipedia

 次に、「諸銀河が遠ざかる速度(後退速度)」の測定である。これは主として対象となる銀河内の恒星から届く光のスペクトル(光をその成分である周波数別に分けて、それぞれの強度を示したもの)が、その恒星の相対速度によって本来のものからずれる性質を利用している。太陽光のスペクトルは上図の左側のような黒い線(暗線)が所々に入っている。この暗線の位置は、主として太陽を構成する元素によって決まる。太陽と似た成分からなる恒星からの光は、太陽光のスペクトルと同じになるが、その恒星が観測者から遠ざかっていると、上図の右側のように暗線の位置が赤色の方にずれる。そしてそのズレの大きさから光源である恒星の後退速度を計算によって求めている。

 このような、光源の相対速度によるスペクトルの変化を、「光のドップラー効果」と言う。観測者から遠ざかっている場合は赤色の方に(赤方偏移)、近づいている場合は青色の方に(青色偏移)ずれる。しかも速度が早ければ早いほど、そのズレは大きい。ただし、赤方偏移は、光源が遠ざかること以外の原因で生じることもある。代表的なものに、重力によって波長が引き延ばされる「重力赤方偏移」がある。従って赤方偏移は、必ずしも光源が遠ざかっていることを証明するものではない。

 「光のドップラー効果」は、音のドップラー効果と同じ原理によって生じる。近づく物体からの音は、波長が圧縮されて静止状態の物体からの音より高い音になる。反対に遠ざかる物体からの音は、波長が引き延ばされて静止状態の物体からの音より低い音になる。救急車のサイレンなどで体験したことがあるだろう。

【膨張宇宙論のモデル】

 「膨張宇宙論」に基づいて、幾つかの「宇宙モデル」が提起されているが、ここでは宇宙膨張が加速も減速もしないモデルの場合を考える。

 なお、宇宙膨張が加速や減速するモデルについては、本稿では詳しく検討しないが、「宇宙の始まり」と、「有限の大きさの宇宙」を何の証明もなく大前提にしており、同じ観念論の土台の上に成り立っているということだけ述べておきたい。

 天の川銀河以外のどの銀河も天の川銀河から遠ざかっていることが観測結果から得られたので、これを「合理的」に説明するには、膨張の中心があって、そこからすべての銀河が同じ速度で遠ざかるモデルを考える必要がある。つまり膨張の中心から各銀河までの距離Rは時間Tに比例して増大するとする。即ち R = K Tとする(Kは定数)。

 すると天の川銀河と銀河1との距離Lab(弧AB)は、Lab = RΘab = KΘab Tとなる。Θabは∠AOBをラジアンで表示したものである。時間についての距離Labの変化率が、天の川銀河と銀河1との後退速度であるから、その値をVabとすると、Vab = KΘabとなり、銀河間の後退速度(相対速度)は、時間に関係なく一定となる。即ち天の川銀河と銀河1とはKΘabで互いに遠ざかっており、観測結果とうまく照合する。

 同様に天の川銀河と銀河2との後退速度Vbcは Vbc = KΘbcとなり、やはりKΘbcで互いに遠ざかることになる。ここでVabとVbcの比と求めると、Vab / Vbc = Θab / Θbc となる。また、Θab = Lab / K T、Θbc= Lbc / K Tであるから、Vab / Vbc = Lab / Lbcとなる。これは銀河間の後退速度(相対速度)は銀河間の距離に比例していることを示している。これも、観測結果とうまく照合している。

 このモデルが、「銀河の後退速度は変化しない」ということと、「遠ざかる速度は銀河までの距離に比例する」ということを満たしているため、あたかも本当の宇宙の姿であるかのように学校の教科書にも掲載されている。しかし、それだけでこのモデルが本当の宇宙の姿を正しく反映しているとは言えない。このモデルには、幾つかの重大な疑問点が存在する。本稿は、それを明らかにする作業の一つである。

 「膨張宇宙論」は、膨張の中心を想定している。しかし現実の宇宙には、その「膨張の中心」は見つかっていない。反対に、現実の宇宙には特別な中心など存在しないということは、「膨張宇宙論」者たちも認めている。その問題を克服するため、膨張の中心は3次元の宇宙ではなしに、現実の3次元宇宙を含む4次元宇宙を想定し、そこに膨張の中心を据えれば、「膨張宇宙論」における「膨張の中心」の存在と、現実の3次元空間における「膨張の中心」の不存在の矛盾を回避できるとする。しかし3次元空間の外に「膨張の中心」を置くことは、あくまで思考の産物であり、現実を説明する科学的根拠とは成りえない。それは観念論的存在証明である。

 ところで余談であるが、従来はハッブルの名前だけが冠されていたが、2018年に国際天文学連合が「ルメートルの名前を併せて冠することを推奨する」という提案を承認し、日本学術会議も同年、旧来呼称の使用をも認めるという条件付きで、この提案を受け入れた。アメリカの天文学者ハッブルは、遠方にある銀河の光が赤み掛かって見える(赤方偏移)こと、より遠くの銀河の方がより強く赤み掛っていることを観測データで示した(1929年)。これは、銀河間の距離が遠ざかっているとする「宇宙膨張説」の有力な根拠とされた。ベルギーの天文学者で神父でもあったルメートルは、1927年から1933年にかけて、アインシュタインの一般相対性理論で示された宇宙方程式の解の一つとして、「膨張する宇宙」モデルを導いた。これは神が天地を創造したとする彼の宗教的信念とも一致するものであった。「ハッブルの法則」が長年に渡って「ハッブル=ルメートルの法則」とされなかった一因は、彼の宗教家としての主張にあったのではないか、との観測もある。

「天文ジャーナル」論文の検討によるハッブルの法則の検証

 以上の予備知識を踏まえて、「ハッブル=ルメートルの法則」の検証を行う。まず、「宇宙の膨張」とは何か、そして時間を遡(さかのぼ)って推察されている「宇宙の始まり」と、「宇宙年齢」(表紙の図では137億年となっている)について検証する。検証は、最も確からしい「ハッブル=ルメートル定数」を発表した2001年の学術論文『ハッブル定数を測定するためのハッブル宇宙望遠鏡キープロジェクトの最終結果』(「天文物理ジャーナル [THE ASTROPHYSICAL JOURNAL]」553号47~72頁、以下『原論文』と記す)の検討を通じて行う。

 [グラフ1] ハッブル宇宙望遠鏡の観測結果
出処:Freedman et.al.2001、ApJ、553,p62、FIG4

 下図の[グラフ1-A]は、わかりやすくするために、[グラフ1]のAの部分について、横軸の単位を光年に換算したものである。(1㍶(注3)を3.26 lyとした)
(注3)㍶はパーセクと読み、1 Mpcは1メガ・パーセクと読む(3頁の最後の段落参照)。1Mpc=100万パーセク=326万光年である。

[グラフ1-A]

《各銀河までの距離測定》

 このグラフの縦軸は、それぞれの銀河が地球(ハッブル望遠鏡)から遠ざかる速さをkm/sで示している。速さの測定は「赤方偏移」(注4)に基づいている。グラフの横軸は、地球(ハッブル望遠鏡)からそれぞれの銀河までの距離を示している。距離の測定方法は3頁で紹介したように、距離の大きさによって異なるため、上の散布図では、その距離の測定法の違いも表現されている。すなわち、

●I-band Tully-Fisher:(タリ-フィッシャー関係)渦巻銀河の距離指標による距離測定
▲Fundamental Plane:(基本平面)楕円銀河の距離指標による距離測定
◆Surface Brightness:(表面輝度)銀河の表面輝度に基づき距離を測定
■Supernovae Ⅰa:超新星Ⅰa型(注5)による距離測定
□Supernovae Ⅱ: 超新星Ⅱ型(注6)による距離測定

(注4)光のドップラー効果(4頁の前半参照)によって、遠ざかる光源からの光は波長が引き延ばされて      赤色の方に変位する現象をいう。
(注5)超新星Ⅰa型:絶対等級がわかっているので、みかけの等級と比較することで超新星までの距離、      つまり、その超新星が含まれる銀河までの距離を測る手がかりとすることができるとされている。
(注6)Ⅱ型超新星は、大質量の恒星が急速に崩壊して起こす激しい爆発。

 このグラフが示すところでは、地球から銀河までの距離rと、その遠ざかる速さvを示す点は、一直線の近傍に分布している。これはrとvが正比例の関係にあり、v =a rの1次関数の形で表現されることを示唆している。例えば、3.3億光年離れた銀河は秒速約7000km、それよりおよそ4倍遠い13億光年かなたの銀河は、秒速約2万8000kmもの速さで地球から遠ざかっていることを示している。比例定数のaは、ハッブル定数(通常はHで表される)と呼ばれている。『原論文』の目的は、ハッブル定数(グラフの傾き)を確定することであり、結論としてH=72±8(km sec-1 Mpc-1)という値が得られたと報告されている。

問題提起

《グラフ1-Aは何を語っているのか(その1)》

このグラフは、膨張宇宙論を支持する学者が、膨張の根拠としている最有力なデータの一つである。

 「宇宙の膨張」とはどういうことなのか、5頁にモデル図を示したが、一般向けには比喩的にいろいろな解説がなされている。「ぶどうパン」を例にした解説(ぶどうが銀河を表し、パンが宇宙空間を表している)では、ざっと以下のように説明されている。

  •  宇宙は、「ぶどうパン」のパン生地が膨らむように、個々の「ぶどう=銀河」はそのままの形で、「パン生地=銀河間の空間」だけが膨らんで、「ぶどう=銀河」間の距離がすべて離れてゆく。そして離れていく速度は、どの「ぶどう=銀河」を選んだとしても、互いの距離に比例して遠くの「ぶどう=銀河」ほど速く離れていく。だから我々の住む天の川銀河が宇宙の中で中心にいなくても、まるで中心にいるかのように、すべての銀河が遠ざかっているように見える、云々。

 このような説明の後に、必ず出てくる次のような推論に対し、筆者は疑問を抱かざるをえない。例えば、素粒子宇宙物理学者の羽澄昌史氏は、自らの著書『宇宙背景放射』の中で、このグラフ1-Aと同じデータを引用して次のように述べている。

 「空間がどんどん大きくなっているということは、昔の宇宙は小さかったということにほかならない。極限まで時間を遡れば、その膨張の『スタート地点』、つまり宇宙の『はじまり』があったことになる。」(『宇宙背景放射』集英社新書p49)

 また、宇宙物理学者の佐藤勝彦氏によれば、「宇宙の大きさは過去にさかのぼるほど小さくなり、生まれた直後は素粒子よりもずっと小さなミクロサイズになっていた」(佐藤勝彦『眠れなくなる宇宙のはなし』宝島社、p234)と述べている。

 このように、「膨張宇宙論」者の論理に従えば、有限の大きさの宇宙が大前提としてあって、それが膨張しているなら、その反対は収縮だから昔の宇宙は小さかった。そしてさらには、宇宙に「はじまり(誕生)」があった(これは最初から前提されているのだが)ということになる。しかし「有限の大きさの宇宙」を大前提とする根拠は示されていない。宇宙の大きさが無限大であるとするなら、いくら時間を遡らせても1点に収束することはない。

 つまり、彼らはグラフ1-Aのデータを宇宙の膨張と解釈するだけでなく、いきなり宇宙創生論と結びつけるのである。その結果、このグラフの傾きであるハッブル定数Hから「宇宙年齢」を計算で導くことができるとしている。その理由は次のようなものである。

 宇宙は、「火の玉」の極微小な空間から出発し、現在の広大な空間にまで膨張してきたとされる。またその膨張速度は一定であると仮定する。諸銀河間の距離は、出発時点ではほぼゼロであったと考えられる。すると現在の銀河間の距離を測定できれば、宇宙の始まりから今日までの時間(これを「宇宙年齢」という)をかけて今日の銀河間の距離に達したのであるから、その距離を膨張速度で割れば、「宇宙年齢」が求められるという訳である。

 次に「宇宙年齢」の導出の手順を確認して置く。ハッブル定数の逆数を「宇宙年齢」としているのであるから、
 「宇宙年齢」= 1/ H = 1/72 = 0.013888 [Mpc・s / km]
ここで、距離の単位をpcに、速度の単位をpc/y(パーセク/年)に置き換える。
   1 y(年)=365.256363(日)×24(時間)×60(分)×60(秒)=31,558,149.7632 s(秒)
   1 pc = 3.085678×1013 km
従って、「宇宙年齢」=1/ H = 1.35802×1010 [y] = 135.802×108 (約136億年)という計算結果を得る。

 3頁で述べたように、現代宇宙論において、グラフ1-Aで示される比例関係は「ハッブルの法則」(最近では「ハッブル=ルメートルの法則」)と呼ばれ、ハッブル定数は「宇宙年齢」算出の根拠となるので、1929年のエドウィン・ハッブルによる発表以来、多くの観測者によってさまざまな値が発表されてきた。4頁で述べたように、宇宙の膨張速度の変化について複数のモデルがあり、宇宙年齢は確定していないが、最新データとしては137~138億年としている。

 そもそも「膨張宇宙論」では、宇宙が運動するのであって、空間に存在する物質が運動するのではないのだから、古典物理学や相対論的物理学の法則を超越した動きが許されるとしている。例えば、空間に存在する物質の運動においては光速を越える速度は許されないのだが、空間の運動については、インフレーション期には光速の1022倍といったとんでもない速度が許されるのである。(近藤陽次氏「ビッグバンはあったか」講談社p89~90)

《 [グラフ1-A]は何を語っているのか。(その2)》

 以上みてきたように、「現代宇宙論」は「宇宙創生論」を前提にしている。すなわち、宇宙には始まりがあり、大きさは有限であることを大前提にしている。「宇宙の始まり」は一つの点であるから、現時点で遠ざかりつつあるすべての銀河は、時計を逆回転させると1点に集まらねばならない。すなわち、ブドウパンのブドウは1か所に集まらないといけない。そのことを観測データとして証明するためには、今遠ざかっている銀河の速さ(赤方偏移の値)と、その銀河までの距離とは、正比例の関係であれば一番うまくいく。そのために、v = H0× rの直線上にうまく乗るようなデータを拾い集めているのである。データが直線からずれると、距離を測定する方法を変えたり、パラメータの値を調整したりすることによってズレを修正する、そのような努力の一つの結果が[グラフ1]であるといえる。

 しかし現実の宇宙は、そう単純ではない。[グラフ1]のBの部分を下図に示しているが、これは各銀河までの距離と、その銀河単独で算出されたハッブル定数Hの関係を示している。ここでは、相対的に近くの銀河(グラフでは左側)ほどH=72から大きくずれていることがわかる。銀河までの距離の値は基本的には近傍ほど正確な値のはずだが、それに反してHの値が大きくばらついているのでは、距離と後退速度との比例関係そのものが大きく揺らいでいることになる。

[グラフ1-B] 出典:Freedman et.al.2001、ApJ、553,p62、FIG4

 さらに、原論文で示された30Mpc(約9900万光年)より近くの銀河の後退速度[グラフ2]では、明らかに[グラフ1]に比べると直線性は劣っている。しかも、速度のばらつきの下限値を見ると、いくつかの銀河ではマイナス側、すなわち「後退」ではなくこちらへ「接近」しているというデータもある。(ちなみに我々の住む天の川銀河の隣のアンドロメダ銀河は、250万光年=0.77Mpcの距離にあり、スペクトルは赤方ではなく青方偏移しており、毎秒300km/secで近づいているといわれている。)

[グラフ2]   出典:Freedman et.al.2001、ApJ、553,p55、FIG1

《宇宙全体は未解明である》

 天文学者らは1990年代半ば、ハッブル宇宙望遠鏡による発見も踏まえ、宇宙全体の銀河の数を2000億個とする見解に至った。その後2016年には、米航空宇宙局(NASA)は、観測可能な宇宙の範囲内にある銀河の数は、計算による推定も含んで2兆個と、これまで推定されてきた数の10倍に上ると発表した。このように、全体としての宇宙というものが完全には把握されていない段階にあって、今回検討した論文で観測対象となった100に満たない銀河が、宇宙全体の挙動を代表しているという保証はない。観測不可能な未知の領域について、科学的に論じることができるデータはまだ存在しない。

 先に述べたアンドロメダ銀河以外に、約100個の銀河が青方偏移しているといわれている。赤方偏移と同じドップラー効果によるものとの解釈に立てば、これらの銀河は私たちに向かって接近していることになる。もしそれが事実なら、すべてのブドウ(銀河)が、パン生地(宇宙空間)に張り付いているというブドウパンのたとえは成り立たなくなる。すなわち、宇宙空間(膨張)とともに移動していない、独自に運動する銀河の存在も認めなければならないのではないだろうか。

《現代宇宙論は仮説にすぎない》

 「膨張宇宙論」のきっかけは、1922年に数学者アレクサンドル・フリードマンが、一般相対性理論の重力場方程式を宇宙に適用した場合、宇宙が膨張(または収縮)するという数学的な解が存在すると発表したことによる。「膨張宇宙論」は、この数学的な解と、ハッブルの発見(赤方偏移と距離の比例関係)を宇宙膨張によるものとみなしたことが結びついて形成されたものである。一方、ルメートルの「宇宙の卵」説やガモフの「火の玉」説のような宇宙創生論については、彼らの頭脳に生じたアイデアに過ぎない。

 「膨張宇宙説」と空想的な学者のアイデアとの結合が、「ビッグバン理論」を生み出した。そしてガモフが予言していた「宇宙背景放射」(注7)が発見され、それがビッグバンの決定的証拠とされ、ビッグバン理論が「定説」となってしまった。

(注7)現在も宇宙空間のあらゆる方向から観測される微弱な電磁波で、火の玉宇宙」が膨張することで冷却された結果であるとして「ビッグバンの名残」とされる。

 しかしこれまでも、ビッグバン理論への様々な反論は存在した。たとえば以下のような説だ(近藤陽次氏「ビッグバンはあったか」講談社などによる)。

《「膨張宇宙論」自体が仮説である》

 「赤方偏移」を銀河の後退によるドップラー効果とみなす考えは、すべての学者が支持しているわけではない。例えば

  1. 強い重力場中にある光は、赤方偏移して見える。遠方の銀河ほど多くの重力場を通過しているので、距離に比例して赤方偏移する。
  2. 宇宙の遠いところから飛んでくる光(光子)は、その途中でエネルギーを徐々に失い、その波長が長くなり、赤方偏移する(ウイリアム・マクミランの光のエネルギー減衰仮説)。

などの説がある。

 最近でも、原子の質量変化によって、電子の軌道遷移のエネルギーが変化することがスペクトルのずれをもたらす(昔の原子は質量が軽いために赤方偏移する)といった説なども出されている。(注8)

(注8)[1]「宇宙論者は、宇宙は膨張していないかもしれないと主張している」
      
https://www.nature.com/articles/nature.2013.13379
      
[2]「宇宙は膨張していないかもしれない。宇宙定数の問題を考察する
     新しい理論研究」
      https://gadget.phileweb.com/post-45233/

《「宇宙背景放射」の解釈について》

「ビッグバン理論」の支持者たちは、「宇宙背景放射」を自説の正しさを証明するものとして金科玉条のごとく振りかざしている。そこで簡単に、「宇宙背景放射」について触れて置く。

 「宇宙背景放射」は、正式には「宇宙マイクロ波背景放射(cosmic background radiation:CBR)」という。天球上のあらゆる方向からほぼ一様なマイクロ波が地上に降り注いでいることが、1964年にアメリカの研究者たちによって観測される。その電磁波のスペクトル(電磁波をその成分である周波数別に分けて、それぞれの強度を示したもの)は、絶対温度(注9)2.725kの黒体輻射のスぺクトルに極めて似たものであった。天球のある領域からではなく、あらゆる方向からほぼ一様なマイクロ波がやってくるとはどういうことか?

(注9)「熱力学温度」とも言う。熱力学第2法則に基づいて定められた温度の単位で、単位記号はK(kelvin)である。水の三重点(摂氏0度に近似)を273.16K,熱力学的に考えられる最低温度を0 K として目盛りを決めている。

 「ビッグバン理論」の提唱者であるジョージ・ガモフたちは1940年代に、「ビッグバンの痕跡は今も宇宙の果てに残っているはずだ。ビッグバンが起こった時点の直径1cmの超高温の火の玉宇宙は、今日では遠い宇宙の果てにその名残を残しているはずであり、そこの温度は計算上絶対温度5k程度ある」と主張していた。観測されたCBRがガモフたちの予測と近いものであり、ガモフたちの理論からは、「あらゆる方向から到来するほぼ一様なマイクロ波」というCBRの性質も自然と導き出されるため、一躍CBRが「ビッグバン理論」を立証するものとして喧伝されるようになる。しかしその後、CBRについての詳細なデータが集められるに従って、CBR=「ビッグバンの名残」という仮説にとって不都合な事実も指摘されるようになる。

《インフレーション理論》

 宇宙背景放射の観測精度が向上し、その等方性(どの方向を見ても非常に均一である)が「火の玉」爆発説では説明がつかなくなり、1980年ごろ「インフレーション・ビッグバン理論」が登場する。その理論によれば、ビッグバンにはそれ以前の経過があったとし、無の空間から生まれた10-33cmほどの極小の宇宙が、10-33秒くらいで直径1cmほどになる(光速の1022倍の速度で膨張した)、と主張する。

 一方、これより以前に、天体観測の進展に伴い、宇宙の大規模構造が明らかとなり、数多くの銀河が群をなしていることがわかってきた。背景放射の均一性を説明するために急激に膨張するインフレーション過程を想定したのだったが、今度は逆に、膨張の均一性と、銀河の分布の不均一性とが矛盾することになってしまった。そこで今度は、CBRのごく微妙な不均一性、要するにその「むら」を探す観測に力が注がれることになり、結果的に、「10万分の1程度の温度揺らぎ」が発見された、としている。そしてそれは、インフレーション前の「量子ゆらぎ」なるものがインフレーションによって拡大された結果生じたのであり、CBRのまだら模様や「宇宙の大構造」を生み出したと主張する。それでも説明が付かないデータが得られると、直接観測することができない「ダークマター」や「ダークエネルギー」なる概念を導入する。

 膨張する宇宙の中で、形成された銀河団が離れてゆかないよう繋ぎ止めるための未確認物質としての「ダークマター(暗黒物質)」や、比較的最近主張されだした「宇宙の加速膨張」を生み出すエネルギーとしての「ダークエネルギー」が導入されたのだが、それらは原理的に直接観測できないものとされている。自らの理論で説明がつかないことに対して、原理的に直接観測できない「未知の物質」や、「未知のエネルギー」を持ち出すなどは、科学的手法と言えるのだろうか。これが最新の科学であるはずの「現代宇宙論」の実態である。

 実は少数派ではあるが、「宇宙背景放射(CBR)」については、次のような解釈も存在する(前出「ビッグバンはあったか」115頁)。即ち、銀河間の空間には、ごく微細な鉄もしくは炭素の塵が無数にあり、その温度は銀河間空間の温度と平衡状態にあって発光している。CBRは、主として銀河と銀河のあいだの宇宙空間の温度そのものを示している。

 どうやって宇宙が始まったのかについては、まだ「膨張宇宙論者」たちも試行錯誤している状態だ。ビレンケンによる「無からの宇宙創造論」や、ホーキングによる「無境界仮説」(「虚数時間」の導入)などがあるが、文字通り数学至上主義と観念論の純化が見られる。「インフレーション理論」なり、また近年話題を集めている「超ひも理論」など、数学的体系としては極めて優れた「美しい」宇宙モデルである。しかし数学的モデルとして如何に精緻であろうと、それが現実世界を映し出しているかどうかは別問題である。最近の理論物理学学界や実験物理学会は、現実との関係を離れて純数学的モデルの構築に傾倒している。極端な場合は、「実験や観測は理論的に不可能である」と自任する数学的モデルさえある。

【おわりに】

 以上のように、現代宇宙論(ビッグバン理論)は、確立された学説などではなく、「なんらかの種類の世界創造が仮定された」(注9)理論であるという意味において、古くからの観念論の蒸し返しであるということができる。しかし、本稿で検討したような本格的な観測データを根拠とし、ノーベル賞受賞者を含む多くの著名な学者によって支持されているのである。我々としては、弁証法的唯物論に基づく宇宙観(自然観)を擁護するとともに、科学の衣をまとった形而上学的、観念論的な宇宙観(自然観)と闘ってゆきたいと思う。

(注9)(レーニンによる、エンゲルス『フォイエルバッハ論』からの引用)
「いっさいの哲学、特に近代の哲学の大きな根本問題は・・・何が本源的であるのか、精神か、それとも自然かという問題である・・・この問題にどうこたえたかによって、学者たちは二つの大きな陣営に分裂した。自然に対して精神が本源的であると主張した人々、したがって究極においてなんらかの種類の世界創造を仮定した人々は・・・観念論の陣営を形づくった。自然を本源的なものとみなした他の人々は、唯物論の種々の学派に属している。」(『カール・マルクス』マルクス=エンゲルス=マルクス主義(1)、国民文庫[大月書店]17~18頁、あるいは『レーニン全集』第21巻39頁。下線は引用者)。なおレーニンは、エンゲルスの原著作『フォイエルバッハ論』(国民文庫[大月書店])の25~26頁、あるいは『マルクス=エンゲルス全集』[大月書店] 第21巻の278~279頁から引用している。

(追記)一応原稿を書き終えた後で、ふと思い出したことがある。それは今から約145年前の1878年にフリードゥリヒ・エンゲルス(Friedrich Engels)が、その著書「オイゲン・デューリング氏の科学の変革(Herrn Eugen Dührings Umwälzung der Wissenschaft)」(通称「反デューリング論」)の中で、宇宙の無からの創造を主張したデューリング氏に対する批判を行っていることである。デューリング氏は、「宇宙に始まりが無かったとすると無限の過去があることになる。無限の時間を通り過ぎて現在に至ることはできない。過去は有限でなければ現在に到達できない。従って宇宙に始まりがある」と述べて、無からの宇宙創造を証明してみせた。これに対してエンゲルスは、「過去から現在に至るには、過去は有限でなければならない。」という命題の前半である「過去から現在に至る」という前提部の内に、「有限時間内に現在に至る」ことが内包されており、それは結論部の「過去は有限でなければならない」と同値である。これは「A=A」という命題に他ならない。従ってデューリング氏の命題は何ら証明になっていないと述べている。「宇宙膨張論」は、このデューリング氏の命題と原理的には同じなのではないだろうか。

                       2023.9.6 (了)

 

唯物論的歴史観