中国の社会主義市場経済とマルクス主義 (要約)

                                岩本 勲
 
 本稿は、ある研究会で著者が報告した時のレジュメに、少し手を加えたものである。その報告の基になった著者の拙文「中国の社会主義市場経済とマルクス主義」は、PDFファイルで本ブログに公開しているので、併せてご覧頂ければ幸いである。

0. はじめに 

 近年、国際社会における中国の比重が急速に高まっていることは何人も否定できないであろう。GDPは米国に次いで世界第2位に昇り、米国を追い抜くのも時間の問題とも言われている。経済的影響力の増大に伴って、政治的、軍事的影響力も増大している。
 そこで中国をめぐる議論が騒がしい。ある者は、「習近平指導部は社会主義回帰を強めている」と声高に叫んでいる。帝国主義列強の政権担当者やそのブレーンたちだ。彼らは、習近平指導部が経済における戦略分野を民営化せず、反対にこの分野において国営並びに準国営を強めていることに強い不安と不満を表明している。
 中国の資本主義化に疑問と不安を抱いてきた諸勢力の間には、最近の中国の動向を「社会主義への回帰」だとして歓迎を表明する人々がいる。帝国主義勢力とは反対の立場にあるのだが、最近の中国についての認識については奇妙な一致が見られる。

 そこで問題は、今日の中国は社会主義なのか、資本主義なのか、はたまたその中間的存在であるのかという点に、あるいは社会主義とは何かという点にあるだろう。

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  先日、日本共産党系の経済誌『経済』が特集「中国経済と『一帯一路』構想」を組んだことを知り、久々に同誌を手に取った。同誌がマルクス主義経済学から離れて久しく、それに伴って同誌を読むことはほとんど無くなったが、今回目を通してみて、そこにはマルクス主義経済学の欠けらも残っていないことに改めて驚かされた。
 特集の最初を飾っている井手啓二氏の論文「中国経済はどこへ向かうか」は、中国の資本主義的発展に無批判的であり、それどころか至る所に称賛の言葉が散りばめられている。
 氏は、「中国やヴェトナムの躍進は、旧ソ連・東欧の失敗に学び、従来の経済学理論(=マルクス経済学[引用者注])には反するが、社会主義市場経済化路線を採用したことにある。」と述べ、現代の世界経済はマルクス経済学の射程圏外にあることをほのめかす。続けて、「中国は40年前から大胆に社会主義の観念を変えてきた。・・・国力、生産力、生活水準を高めない制度や政策は社会主義ではない、と大胆に割り切り、・・・社会主義の定義を『社会的所有を主とし、労働に応じた分配を主とし』、共同富裕と社会的公正、人間の全面的発達をめざす体制とした」と述べ、中国が行った「社会主義の新定義」に賛意を表明する。新定義は、「生産手段の私的所有を廃絶することによって、人間による人間の搾取を終わらせる社会経済制度」というマルクス主義の社会主義規定とはまったく異なっている。中国の社会主義規定には、階級概念が欠落している。そしてまた井手氏の論文にも、階級及び搾取という2語は1度も登場しない。階級と搾取に言及しない経済学なのだ。
井手氏は、中国の資本主義的発展に野放しの賛辞を送る。「2010年以後は日本と並ぶ対外直接投資大国となった」と。資本の直接投資とは何か? 他国の労働者からの搾取ではないのか。
 井手氏は、「小営業部門である私営企業と個人企業の就業者合計は3億859万人で、就業者総数の実に39.8%を占める。これに農民を加えれば就業者の65%前後が小営業部門で働いている」と指摘しているが、それらは小ブルジョジーかその影響下にあるということだ。社会主義にとってもっとも厄介で手ごわい相手であり、能天気に見とれている状態ではないだろう。この点については、本文で立ち入って言及する。
 「中産階級が社会の多数派にならなければ、社会の安定や成熟は望みえない」と井手氏は恥ずかしげもなく述べている。「もはや何をか言わん」である。井出氏の階級的立場が、小ブルジョアジーのそれであることは明らかだ。井出氏は、中国の現実の中に、自己の希望を見出している。そしてそれが、井手氏の誤解によるものか、あるいは中国の現実が小ブルジョアジーの理想郷に近いものなのか、以下に見る。

 始めに断わっておくが、筆者は、帝国主義諸国の支配者たちが煽っている「中国脅威論」には断固反対であり、中国が毛沢東とその文化大革命によって受けた想像を絶する困難極まりない経済状態から再出発したという事実を重く受け止めている。その上で、現在の中国の経済制度と指導部の政策は、マスクス主義の諸原則に基づけばどういうことになるのかを述べる。

 昨年の中国共産党第19回大会では、鄧小平が提唱した「中国の特色ある社会主義」を新時代に相応しく発展させたという「新時代の中国の特色ある社会主義」(習近平思想)を、党の指導理念として党規約に書き込んだ。「新時代の中国の特色ある社会主義」も、その大本は社会主義市場経済論である。従って、習近平中国の社会主義市場経済は、果たしてマルクス主義の原則からの逸脱はないのか。中国の現状はいかなるものであるのか。主として中国側の主張に即して考察する。

 
1. 搾取制度と搾取階級は解消したのか?
  「生産手段私有制の社会主義的改造はすでに完成し、人が人を搾取する制度はすでに消滅し、社会主義制度はすでに確立した。・・・搾取階級は階級としてすでに消滅している」(憲法序言)。果たしてそうか。

 (1)所得格差はなお警戒ライン以上

世帯の所得の上位20%が下位20%の世帯の収入の19倍(「国家衛生・計画出産委員会」)。「15年のジニ係数も世界的な警戒ラインの0.4を上回る」(「人民網日本語版」2016.1.20)。ジニ係数は2008年以来低下しているが、2017年のジニ係数は0.467(中国統計局、「日本経済新聞」2018.2.14)で依然として高い。

(2)依然として残る都市と農村の格差
 都市人口は56.1%、7億7000万人で農村人口は43.9%。都市住民の所得は農村住民の所得の2.73倍(「人民網」2016.2.1)。農村戸籍の出稼ぎ労働者=農民工は1億7969万人で月額平均収入は3459元(約5万9000円)(2017年第一四半期、国営通信CNS,2017.10.24)。月額法定最低賃金2300元(約39100円、「人民網」2018.3.22)よりは上、但し都市労働者の平均賃金の6割前後(但し2014年、南亮進・牧野文夫『中国経済入門』)。50都市のホワイトカラーの月額平均賃金8730元(約148400円、「人民網」2018.3.12)は農民工の約2.5倍。農民工(都市労働力の約40%、上掲、南)は社会保障制度の恩恵は少ない。

(3)中国版NEP(新経済政策)による絶対的貧困層の減少
  絶対的貧困層は確実に減少。「6000万人余りの貧困人口が着実に絶対的貧困から脱却し、絶対的貧困率が10.2%から4%に下がった」(後掲「習近平報告」)。1978年:2億5000万人が貧困人口(人口の約30%、絶対的貧困基準は年収1人当たり100元以下。40年前の数値であること留意)。2014年には7017万人(同5.1%)に減少(貧困基準:1人当たり年収1196元=約2万円以下)(上掲、南)。特に文革後の極度に疲弊した生産力を回復するため、中国版NEPといえる「農業経営請負制度」(定額上納分の残りを自由販売)と「郷鎮企業」(農村企業)によって経済回復の成功。しかし、中国版NEPはレーニンのNEPと同じく、資本主義的手法であることには変わりはない。但し、レーニンはNEPを資本主義と、社会主義との闘争としてとらえ、NEPを経て社会主義経済建設への道を探った。
 中国共産党と国務院は農村請負に関して、「社会主義新農村建設」方針を提起。その主たる内容は、農村における郷鎮企業の奨励と請負経営権の有償譲渡の保障(「農村土地請負法」2002年)。土地の集団所有制は維持しているが、請負経営権の譲渡可能化による土地市場の形成が進行(上掲、南)。

 (4)世界的大富豪の続出する「社会主義」
 (ⅰ) 940人に1人が富豪(「人民網」2017.9.6)
  世界の億万長者は2016年で約1650万人、そのうち中国人が7%(「人民網」2017.9.29)。

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(ⅱ)搾取階級としての資本家の存在
  中国の社会階層①国家と社会の管理職②企業経営幹部④私営企業家④専門技術員⑤ 事務・公務員⑥個人商工業者⑦商業従事者⑧産業労働者⑨農業労働者⑩無職・失業者「中国社会科学院の研究報告書」(2002年)、毛利和子他『21世紀の中国政治・社会』)。従って資本家は間違いなく存在している。


2. 労働者階級の独裁は貫徹しているのか?
(1)全国人代・全国協商における労働者階級の比重の著しい低さと大資本家の参入
「労働者階級が領導し、労農同盟を基礎とする人民民主独裁は、実質的にプロレタリア独裁である」(憲法序言)とあるが、それは維持されているのか?
「中華人民共和国人民代表大会は、最高の国家権力機関である」(同第57条)。
(ⅰ)第13期全国人民代表大会(代表2980人)
<今期大会>労働者・農民(うち出稼ぎ労働者45人)468人(15.7%)、専門技術者613人(20.57%)、党・政府指導部1011人(33.93%)(「人民網」2018.2.28)。最高の国家権力である全人代の代議員の構成において、労働者と農民の比率は著しく低い。これで労働者と農民の利益を正しく反映できるのだろうか。
<第10期全人代>(2003年、代表2984人)の構成員比。

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(ⅱ)中国人民政治協商会議における資本家の比重の拡大
全国人民協商会議は中国の各界の代表からなる統一戦線機関かつ政府諮問機関。重要な政治決定も実行。全国協商(2200人前後)の委員におけるブルジョアジーの数は年々増加。第8期23人、第9期46人、第10期65人、第11期は100人以上(上記、毛利)。大資本の代表もが参加。ネット企業者、自動車、エレクトニクス、エネルギーなど。以前と比べて、大資本家の国政への影響力は明らかに強まっている。

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注:例えば、テンセントのCEOは中国最大の富豪であり、かつ同社はアジア最大の私企業の一つで、2017年末の株式時価総額は4933億ドル(約54兆円)。ちなみにトヨタ自動車は2089億ドル(23兆円)(「日本経済新聞」2018.1.10)。網易は総合家電メーカー、16年の売り上げ1064億元(約1兆8千億円)。

(2)共産党における労働者階級の党内比重の低さ

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  支配政党である共産党の党員構成も、労働者の比重は1割以下となっている。

 (3)共産党への資本家の入党と共産党の国民政党への変身
 共産党へのブルジョジーの入党と比重の増大。2002年の第16回党大会で、江沢民総書記は「三つの代表論」(先進的生産力の発展の要請、先進文化の前進方向、最も広範な根本的利益)を主張し、共産党は労働者階級のみの代表だけではなく、資本家も含めた国民全体の利益を代表するとした。⇒資本家の入党許可⇒党の国民政党への変身。

 

3. 領導思想としてマルクス主義が貫徹しているのか?
 中国共産党が、共産党という党名とマルクス・レーニン主義を掲げているに拘わらず、その党の基本方針がマルクス・レーニン主義と合致しているか否かは、別問題である。中国憲法は「中国共産党の領導のもとにあって、マルクス・レーニン主義、毛沢東思想、鄧小平理論及び『三つの代表』という重要思想の手引きにより、人民独裁を堅持」すると規定し(憲法序言)、さらに今回、胡錦涛前党総書記の「科学的発展観」と「習近平による新時代の中国の特色ある社会主義思想」を憲法に付加。党の領導思想として、マルクス・レーニン主義と共に上記5つの思想が並べられている。これらの諸思想の関係はどうなのか。

(1)毛沢東思想
 毛沢東は中国革命の英雄であり建国の父。但しその主著『実践論』『矛盾論』は1960年代に、既に大阪唯物論研究会によって批判済み(森信成『現代唯物論の基本課題』)。中国社会主義経済の基礎を築いた第1期計画経済をぶち壊す大躍進政策によって餓死者が出る悲惨な結果を招来し、国家主席を1959年に辞任。中ソ論争では、国際共産主義総路線である「平和共存路線」に反対、国際平和運動に深刻な対立を惹起、中国共産党を支持していた日本共産党は、予定されていた中国の核実験を正当化するため、「あらゆる国の核実験反対」「部分核的支持」に正面から反対し、日本と世界の原水禁運動に深い亀裂を惹起。また、毛沢東は「文化大革命」を指導し、1960年代半ば~1970年代半ばまで、中国社会を大混乱に陥れた。

(2)鄧小平理論・江沢民「三つの代表論」
 鄧小平は「南巡講話」(1992年)によって、改革開放経済を主張し、現在の社会主義市場経済論の基礎を構築。なお江沢民の「三つの代表論」の政治的意味は上記の通り。

(3)胡錦涛「科学的発展観」と習近平主席「新時代の中国の特色ある社会主義」論
 胡錦涛の「科学的発展観」は既に党規約に規定済みで、その意味は「人間本位とする持続可能な科学的発展観」である。「中国共産党第19回全国代表会議報告」(以下「習近平報告」と略記)で示された「新時代の中国の特色ある社会主義」については、後述する。

(4) マルクス・レーニン主義と他の5つの思想とは原理が異なる
 中国国家の指導的思想として、マルクス・レーニン主義と5つの中国固有の思想が列記されているが、5つの中国固有の思想は、マルクス・レーニン主義とは異質の原理に基づいている。しかも5つの中国固有の思想は、必ずしも体系を成しているとも言えず、従って中国の指導者たちの政策は、極めてプラグマティックなものにならざるを得ない。

(5)集団指導体制から個人崇拝への逆戻りではないのか?
  中華人民共和国主席の2期までの制限規定(第79条③)(鄧小平の設定)の撤廃。これは個人崇拝への回帰ではないかとの批判があるが、個人崇拝強化論には異論(羽根次郎『世界』2018年5月号)もある:中国の真の最高権力者は任期のない党軍事委員会主席、2期制限撤廃は国家主席・党主席・軍事委員会主席の三位一体論による習近平政権のガバナンス強化政策。しかし、これは結局、習近平主席の権力強化、個人崇拝につながるのではないのか? 現に国民から批判が起こり、最近は習近平主席礼賛の自粛が報道される。

(6)中国経済の主導理論はマルクス主義経済学ではなくブルジョア経済学
 (ⅰ)呉敬璉(ウー・ジンリエン)
  市場経済論の旗手。エール大学客員研究員。中国国務院発展研究センター高級研究員。その主張:「伝統的社会主義政治経済学の持つ古くさい観念の束縛(マルクス主義のこと:引用者注)を打破」、「市場経済+行政指導」は「伝統的社会主義経済より高レベルな戦後日本」を見習うべき、等々(「中国の市場経済―社会主義理論の再建」)。
(ⅱ)易網(イーガン)
  経済指導理論は近代経済学。経済指導の中心の易綱・人民銀行総裁はイリノイ大学・ハーバード大学で学び、インディアナ大学で終身教授。1994年に中国に帰国、北京大学教授、人民銀行副総裁を歴任。

 

4. 「社会主義初級段階論」は資本主義永続化の正当化論ではないのか?
「我が国は、社会主義初級段階に長期にわたって位置することになる」(憲法序言)。
「国家は社会主義初級段階においては、公有制が主体となり多種の所有経済が共同で発展するという基本経済制度を堅持し、労働に応じた分配が主体となり、多種の分配方式が併存する制度を堅持する」(同第6条②)。
 だが、実際には「労働に応じた分配」で億万長者が現出しているのはなぜか?
 「我が国は今なお・・・社会主義初級段階にある。これは経済、文化の立ち遅れた中国では社会主義現代化を進めるにあたっては飛び超えることのできない歴史段階であり、百年を超える期間を必要とする。我が国の主要な矛盾は、人民の日増しに増大する物質・文化面の必要と立ち遅れた社会的生産との間の矛盾である」と中国共産党規約は言う。
 しかし、鉱工業生産高で私有企業=資本主義企業が70%以上を占め、国有企業が株式会社化=国家資本主義化した現代中国では、基本的な矛盾として資本と労働との矛盾が復活しているのではないのか。そう考えなければ、億万長者が現出している現実を説明できない。

 

5. 保障された生産手段の私的所有と私企業の地位
(1)私有財産権の存続の保障
 「市民の合法的財産は、侵すことはできない」(憲法第13条①)。
 「国家は、法律の定めに従って市民の私有財産権及び相続権を保障する」(同条②)。
 社会主義の原則は、生産手段の国有化。確かに、天然資源と土地の国有は維持されている。「鉱物、水流、森林、山嶺、草原、荒地、干潟等の自然資源はすべて国家所有」(第9条①)。しかし他方では生産手段の私的所有を保障しているのであるから、憲法は社会主義の原則に反していると言わざるを得ない。
 「都市の土地は国家所有に属する」(同10条①)。
 「農村および都市郊外の土地は・・・集団所有に属し。建物に附着する土地および自留地もまた集団所有に属する」(同条②)。
 これらの条文にもかかわらず、土地の国有には抜け道がある。土地の売買は禁止(同条④)、しかし「土地の使用権は、法律の定めに従って譲渡することができる」(同条④)⇒巨大な不動産資本・投資市場の形成。ex.「大連万達」総資産8826億元(2017年、約15兆円、「日本経済新聞」207.7.11)。

 (2)私企業の重要性の確認と奨励・支持
 「法が定める範囲内の個人経済、私営経済等の非公有制経済は、社会主義市場経済の重要な組成部分である」(憲法第11条①)。
 「国家は、個人経済、私営経済等の非公有制経済の合法的権利及び権利を保護する。国家は、非公有制経済の発展を奨励し、支持し、および導き、かつ非公有制経済にたいして法により監督及び管理を実行する」(同条②)。

 

6. 国有企業の株式会社化=資本主義化
(1) 国有企業の所有権と経営権との分離(1993年)
 「国有企業は、法律の定める範囲内において、自主経営の権利を有する」(憲法第16条①)。⇒国有企業の株式会社化、所有と経営との分離が実現。
 ①国有企業の財産の所有権は国家に属するが、企業は国家を含む出資者の投資によって形成された法人財産権を有する。
 ②国有企業は自主経営権、損益自己負担とし、出資者に対して資産価値の保持・拡大の責任を負う。
 ③出資者は国有企業に投資した資本額に応じて、所有者としての権益、重要な政策決定、管理者の選択権を有する。
(大橋英夫『現代中国経済論』)。
 国有企業は、国家が国有企業の株主の地位(2/3分~1/2分以上の株所有)。国有企業の株は、株式市場の上場企業のうち40.5%(上掲、南)。株式とは「剰余価値に対する按分比例的な所有名義」(マルクス『資本論』)、株式会社とは「結合資本家」(同)。したがって国有企業は、国有株式会社及び国有株支配企業となる。

(2)レーニンのNEP論と国家資本主義の意味
 労働者権力のもとにおいても、NEPの資本主義的性格に変化なし。レーニンの規定。「ロシアの現在の諸条件の下では、共同組合の自由と権利とは、資本主義の自由と権利を意味している。この明白な真理に目を閉じることは、ばかげたことか罪悪である。しかし、『共同組合的』資本主義は、私的経営的資本主義とは違って、ソヴェト権力のもとでは国家資本主義の一変種、・・・食糧税が残りの(税金として徴収されない)余剰を販売する自由を意味する限りその限りで、資本主義のこの発展―というのは販売の自由、商業の自由は資本主義の発展である」(レーニン「食糧税ついて」、下線は引用者)。但し、このNEP政策は、社会主義経済確立のための「戦略的後退」(レーニン)であり、社会主義経済に転換するステップであり、前述の如く、レーニンはNEPのもとにおける社会主義と資本主義の闘争の重要性を強調(この部分については、川下了氏の報告に詳しい)。

 (3)現代中国で国有企業と民営企業とに本質的差異があるのか?
 代表的な国有企業と民営企業とを比較した場合、村上裕の研究によれば、剰余価値率=搾取率(2011年、国有企業200%超、私営企業約150%)、利潤の配分(株式配当率:国有17.8%、民営11.7%、内部保留、等)、企業税、高級幹部と労働者の賃金格差(2012年、国有企業幹部/就業者平均賃金=13.1、大私企業幹部/就業者平均賃金=10.8)、平均利潤率の低下、等の指標では、国有企業の方が若干上かほぼ等しい。「国有企業(国有及び国有株式支配企業)が資本主義生産方法を採用して中国経済を主導し牽引」(村上裕「中国・社会主義市場経済と国有企業の研究」)。
 なお、全国の国有企業の営業収入(2017年)は50兆元(約850兆円、前年比14.7%増)、利益は2兆9千億元(約49兆円、前年比23.5%) (国務院国有資産管理監督委員会・肖亜慶委員長、「人民網」2018.3.11日)。利益=利潤=労働搾取の分け前を株主に按分比例的に分配。国有企業は利潤を生む企業=国家資本主義企業、独占企業の場合は国家独占資本主義企業といえる。
 ところで、国有企業の幹部が途方もない高給をとっていた例もある。2012年の「中国中集グループ」の総経理=総支配人の年収は998万元(約1億2600万円)、国有企業全従業員の平均年収の206倍(上掲、南)。但し、中国共産党政治局会議は2014年、国有企業経営者の報酬の抑制を決定。この決定が果たして実効性を持ったかは不明。
 習近平政権は不正摘発に全力を挙げているにも拘わらず、中国審計署(会計検査院)調査。主要大手国有企業20社の調査、9割が不正。計上利益だけの不正でも合計は203億元(約3450億円)に上る(「日本経済新聞」2017.7.12)。

(4)国有化が直ちに社会主義ではない
 エンゲルスはビスマルクの社会主義と称する国有化政策のインチキを暴露して、もしそれが社会主義であるならば、フリードリッヒ3世の時代、抜け目ない人物が推奨した国立売春宿も社会主義になろうと痛烈に批判した(エンゲルス『空想より科学へ』)。エンゲルスは、資本主義社会における鉄道・郵便・電報等の国有化は、企業主としてのブルジョアジーの不要性を証明し、矛盾の解決ではないが「解決の手がかり」として評価(同)したが、それは断じて社会主義ではないと主張した。
 フランスのミッテラン政権の時代(1981年)、2大金融グループ・主要39銀行・5大独占資本グループを株取得によって国有化、企業支配人は政府任命、企業理事会は労働者代表・政府代表・学識経験者。しかし、それは私的独占資本主義企業を国有独占資本企業に変えたのみで、労働搾取システムはそのままで、全く資本主義自体には変化なし。

 

7. 工業生産、増大する民営企業の比重(約77%、2014年)
 鉱工業生産に占める割合。国有企業は1998~2011年で、50%から26%へと約半減。逆に民営と外資系の企業の合計が51%から74%、1.5倍に増加。
工業生産額における所有形態別構成では2014年、国有・国有株支配企業は約23%、外資・民営企業が約77%(上掲、南)。
 2014~2016年の間に、新規登録の企業数は1362万社で年平均30%増加し(「人民網」2017.9.29)、2017年の新設外資系企業は3万5652社、前年比27.8%増(「人民網」2018.1.17)。

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 中央政府が直轄する国有企業は100社未満。その分野は、軍事工業、石油および天然ガス等の資源開発、電力網、通信、石炭、旅客航空、貨物航空であり、独占的地位を確保。銀行については、中央銀行としての中国人民銀行は別格として、そこから分かれた中国商工銀行、中国建設銀行、中国農業銀行など国有銀行が圧倒的に優位を確保。だが、これらの銀行・基幹産業の直轄だけでは、国家全体の経済のコントロールや計画経済は不可能。

 

8. 計画経済を排してマクロコントロールの採用とその不可逆性
 「国家は、社会主義市場経済を実行する」(憲法第15条①)。
 「国家は、経済立法を強化し、マクロコントロールを完全なものにする」(同条②)。
 民営・外資企業が鉱工業生産において7割以上。しかも国有企業が独立の経営権を保有。他の資本主義国と同様に、企業に対する国家による直接的な生産・販売の計画・管理ではなく、国家の財政・金融・経済政策による間接的な経済指導=マクロコントロールのみが可能。それは社会主義市場経済の必然的結果。100年の持続を想定する「社会主義初級段階論」を前提とする限り中央計画経済からマクロコントロールへの移行は不可逆。

 

 9. 巨大な国営及び民営独占資本の現出
 中国企業500社のうち営業収入のトップは(2016年)は、国家電網公司2兆7000億元(約31兆6822億円)、2位は中国石油天然気集団公司、3位は中国石油化学株式有限公司、500社の営業収入の合計は60兆元(約918兆3260億円)に迫り、15年前の10倍。なお、全世界企業500社に入る中国企業99社がランク入りし、前年比で5社増加(「人民網」2016.8.29)。
 株時価総額:①テンセント(54兆円)②アリババ集団(48兆円)③サムスン(韓、38兆円)④中国工商銀行(36兆円)⑤中国建設銀行(25.6兆円)⑥中国石油天然気(23.7兆円)⑦豊田自動車(日、23兆円)⑧中国移動通信集団(23兆円)⑨台湾積体電路製造(22兆円)⑩中国平安保険(21兆円)(「日本経済新聞」2018.1.10)。

 

10. 世界第3位の資本輸出大国へ
 資本輸出は独占資本主義時代の特質。資本輸出はとりもなおさず、超過利潤であり、外国労働者の搾取。
 中国の2013年末の外貨準備は3兆8000億ドル(約400兆円)⇒世界で第3位の投資大国(2017年、「人民網」2018.6.8)。中国商務省・鐘山部長談。「中国の対外投資は小規模から大規模になり、今や中国は世界の投資大国だ。2017年の対外直接投資は1246億ドル(1ドルは約106.5円で13兆2000億円)で世界トップクラスだった。・・・投資エリアからみると、発展途上国が中心から先進国との併存へと転換」(「人民網」2018.3.14)。投資対象は、世界174カ国・地域の企業6236社(「人民網」2018.1.17。下線は引用者)。すさまじい国有中央企業の投資⇒海外累積資産は6兆元(約102兆円)、185カ国・地域に分布(「人民網」2017.10.26、)。
 中国の対外経済関係の特徴の一つは、工事請負と労働者派遣。対外請負工事の売上高は1685億ドル(約18兆5000億円)、新規契約2652億8000ドル(約29兆円)前年比8.7%増、2017年末の在外労働者は97万9000人(「人民網」2018.1.17)。

  

11. 帝国主義諸国との密接な相互依存と対立関係に入った金融・経済関係
 1980年代以来、改革開放政策の開始⇒帝国主義諸国との密接な相互依存関係を強化。中国と帝国主義諸国との外交関係の経済的基礎、相互依存と競争・対立が土台。

(1)国際通貨基金(IMF)への参加
 米帝が指導権を握るIMFは1944年、帝国主義間の通貨・為替相場の安定のため創設。1980年代、中南米諸国・アフリカにおける債務危機発生、IMFは救済融資を実施、同時に債務弁済のため、被融資国に緊縮財政(政府支出の削減、民営化、経済自由化、通貨切り下げなど)を強制。中国は1980年、IMFに正式に加入。現在、出資額において日本と2,3位を争い、中国は帝国主義諸国とともに、借り手から貸し手の側に変化。

(2)国際貿易機構(WTO)への参加と米中経済関係の密接化
  (ⅰ)商品・資本の輸出入の急拡大
中国の対米黒字は、WTOに加盟(1986年)以降、急拡大。2017年の黒字額は2001年の10倍。対米貿易黒字は過去最高を記録。前年比10%増の2758億ドル(約30兆円)(「日本経済新聞」2018.1.13)⇒中米貿易摩擦の拡大。
 対米投資が米の対中投資を上回る。中米は相互補完、共同で第三国市場の開発(「人民網」2015.9.20)。世界第2位の外資導入国に(2017年、「人民網」2018.6.8)。外資規制緩和の促進、証券・金融、自動車製造業への外資の過半数出資を認める方針(「日本経済新聞」2018.4.11)。
(ⅱ)中国のドル・ドル債保有の急増
 中国の外貨保有高は3兆1614億ドル(約348兆円)で世界一(「日本経済新聞」2018.2.8)。米国債は1兆1700億ドル(約130兆円)を保有(「日本経済新聞」2018.3.25)。貿易摩擦にも拘わらず、ドル価維持は米中双方の利益。

(3)中国・CELAC(ラテンアメリカ・カリブ共同体)フォーラム
 中国の対外経済関係の一つの特徴は発展途上諸国との緊密な経済関係。中国は、アフリカ、ASEAN、アラブ諸国、中・東欧州諸国、とそれぞれ経済貿易フォーラムを実施。習近平主席は、新しく中国・CELACフォーラムを立ち上げ、中国と発展途上諸国との経済関係の強化。「中南米は『古代の海のシルクロード』の自然延長として『一帯一路』建設に不可欠な参加国となりつつある」(「人民網」2018.1.22)。

(4)アジア・インフラ投資銀行(AIIB)設立と世界銀行(WB)・アジア開発銀行(ADB)との協調融資
 AIIBは2015年に設立。2018年5月現在で86カ国が加盟(「人民網」2018.5.4)。不参加の主要な帝国主義国は日米のみ。ただし、日本も参加の機会を窺う。
AIIBの2年間の実績:投資したインフラ建設プロジェクト24件、対象国は12カ国、貸付総額は42億ドル(約4620億円)。世界銀行とAIIBは10件のプロジェクトに共同融資、協力事業に37億ドル(約4000億円)を投資、うち17億ドル(約1870億円)はAIIBの出資。アジア開発銀行(ADB、歴代総裁は日本人)とAIIBの共同融資プロジェクトはADBが4億3100万ドル(約470億円)を、AIIBが3億7400万ドを出資(以上は「人民網」2018.1.17)。
 欧州復興開発銀行(EBRD、1991年発足)もAIIBとインフラ整備で協力拡大。EBRDは、特に中東欧や旧ソ連地域での市場経済移行を指導「日本経済新聞」2017.11.14)。

(5)「一帯一路」の進捗
 「一帯一路」政策は2013年、習近平主席の中心政策として開始。北京で開催された「一帯一路」の国際会議(2017年5月)に日米を含む100カ国以上の代表が参加。すでに、「一帯一路」は実働段階に入る。そのため、特に「一路」の航路に当たる諸港の整備が進捗。中国が運営権を握った主な海外の港湾(「日本経済新聞」2018.2.25)。
① ゼーブルージュ港(ベルギー):2017年9月、港湾運営会社を買収。
② ジプチ港・軍事基地:2017年7月運用開始。紅海入り口の軍事要衝。中国海軍の最初の海外軍事基地。ここには、日本、アメリカ、フランスの軍事基地が存在。
③ ハンバントタ港(スリランカ):2017年7月、一部の年利6%。99年間の借地権獲得。
④ ハリファ港(アラブ首長国連邦):2016年、埠頭の35年間利用権取得。
⑤ グワダル港(パキスタン):2015年、43年間の用地使用権を獲得。
⑥ ダ―ウィン港(オーストラリア):2015年、99年間の賃貸、総額5億600万豪ドル(約430億円)(「毎日新聞」2017.2.8)。
⑦ ピレウス港(ギリシャ):紅海を抜けてスエズ運河を経て地中海へ。地中海の要衝がピレウス港。「中国遠洋海運集団(コスコ)」が2009年からコンテナターミナルを長期契約で借款、約6億ユーロ(約740億円)を投じてコンテナ埠頭を新設。さらに2016年8月、港を管轄するピレウス港湾管理会社の株式51%を買って経営権を取得。(「朝日新聞」2017.5.14)。
⑧ チャオピュー地区(ミャンマー):大型港や工業団地整備に協力。
⑨ ドゥクム港(オマーン):インド洋とペルシャ湾を結ぶ要衝の地。2億6500万ドル(約300億円)の融資、中国側に1172haの土地使用権を貸与(「朝日新聞」2017.12.31)。
⑩ ティパサ地区(アルジェリア) f:id:materialismus:20180727181048p:plain

(6)「一帯一路」政策の問題点
 ① 膨大な資金需要と世界の大手金融機関の参入
  中国銀行は「一路一帯債」を累計で100億ドル(約1兆1千億円)超を発行。「一帯一路」に関連するプロジェクトの必要資金は2030年までに7兆4420億ドル。中国政府系ファンド「シルクロード基金」は約550億ドル、対中投資を求めて外国資本が群がる(「日本経済新聞」2018.5.16)。WB、IMF、ADB、EBRDのすべては、金融・経済的援助を通じて、帝国主義諸国による途上国に対する金融的支配の機関。
 ② 債務不履行に対する過酷な代償
「ハンバンタト港は債務圧縮と政権運営の資金が不足し仕方なく委譲した」(スリランカ政府高官談、「日本経済新聞」2018.2.23)。マレーシアのマハテイール新政権は、高速鉄道計画を当初中止としていたが、延期に変更。中止した場合、高額な違約金支払いが生じるため(「朝日新聞」2018.7.26)。帝国主義諸国はこれらの現象を「チャイナ・トラップ」として批判。しかし、それはIMFなどがやってきた手法であり、彼らに批判する権利はない。一方、報道の通り、中国が資金力に物を言わせ、これら諸港湾の利用権・支配権を得たとすれば、借款受入れ諸国にはあまりに過酷な代償。
 ③ 人民抑圧国に対する経済投資
「一帯一路」の投資にはイスラエル(港湾整備)やトルコ(原発輸出交渉)も含む。
 ④ 原発大国化と原発輸出の促進
 (ⅰ)世界最大の原子力大国に
 「未来の中国は米国に代わり世界最大の原子力国家に・・・今建設中の原子力発電ユニットの約3分の1が中国にある」(「人民網」2018.2.26、下線は引用者)。稼働原子炉は2017年7月段階で37基、建設中が19基(「人民網」2017.7.4。2017.7.31)。179基が構想中との報道(「日本経済新聞」2017.12.31)。中国は移動式海上原発の開発に着手(「人民網」2016.11.7)、新しい開発目標として「海上原発の建設を推進」(「人民網」2017.2.15)。
 (ⅱ)力を入れる原発輸出
  「中国4基目の輸出原発、発電・送電を開始」(「人民網」2017.7.3)。さらに「中国の原発技術が先進国に輸出へ」(「人民網」2017.9.22)。「中国広核集団有限公司は昨年9月29日、フランス電力公社及び英国政府と、英国に原発を新設する一連の契約に署名」(同紙)。アルゼンチンとも原発輸出に合意(「朝日新聞」2017.12.31)。
 (ⅲ)原発輸出が中国の主要収入源の一つ
中国広核集団有限公司は既に、ケニアとは100万kw級原子炉(華竜1号)4基の建設に合意(「人民網」2015.9.8)。これによって、「アフリカ進出に向けて重要な一歩を踏み出した。・・・原発1基の輸出は小型自動車100万台の輸出に相当する。現在の中国先端製造業における世界進出情勢を最もよく体現しているのは、一つは高速鉄道であり、もう一つはこの『華竜1号』」(「人民網」2017.4.5、下線は引用者)。
 原発輸出が国有企業の主要な収入源の一つ。「中国の国有企業の世界展開が加速、進化している。・・・中央企業(国有企業のうち、中央政府の管理監督を受ける企業)の海外資産は6兆元(約102兆円)規模に達し、185カ国・地域に分布している。業務は、プロジェクトの下請け、エネルギー資源開発から、高速鉄道、原子力発電、電気通信、送電網などの建設、運営などの分野に拡大している(「人民網」2017.10.26、下線は引用者)。
 人類は原発と共存できない。原発は最大の環境破壊であり、人類存続に対する最大の脅威の1つである。従って中国の原発大国化に強い危惧を抱かざるを得ない。
 ⑤ 世界第3番目の武器輸出国
アジア・中東・中南米に対する武器輸出を中心に中国は世界3番目の武器輸出国。バングラデシュに中古潜水艦2隻。バングラデシュは長年、中国から小火器や、フリゲート艦を購入。タイは新造潜水艦1隻(135億バーツ、約470億円購入)、2隻追加購入計画も。(「朝日新聞」2018.1.15)。「2012年から16年で中国の主要武器輸出は75%増加し、世界に占める割合は3.8%から6.2%に上昇し、2012と2013年には、米国とロシアに次ぐ世界第3番目の供給国になった(2017年は8位に後退)。・・・次世代の軍事技術でサウジアラビア、モロッコ、ベネズエラ、エクアドル、ペルー、メキシコ、ナイジェリア、ケニア、タイ、インドネシア、カザフスタンなどの新市場に進出した。・・・中国は最近、タイから大量の軍備を受注し、フィリピンに軍事援助を行った」(「中国網日本語版」2017.9.16、下線は引用者)。
  中国は死の商人となったのか? 武器輸出国のうち、サウジは周知のとおり、中東における親米大国、フィリピンは麻薬撲滅を旗印に政敵も含めた大量殺戮を実施。

  

12. 中国の新時代の特色ある大国外交「中華民族の偉大な復興の夢」
(1)国益第一主義とプロレタリア国際主義の欠如
  「習近平報告」の中国外交の基調は「特色ある大国外交を全面的に推進」。同報告の「特色ある社会主義」の次に頻度が高く繰り返されるフレーズが「中華民族の偉大な復興の夢」。ここには、プロレタリアート国際主義の言葉も思想も一切表明されず。結論は「国家の利益を第一に考え・・・国家の主権・安全・発展の利益を断固として守らなければならない」。マルクス・レーニン主義の国際原則は、プロレタリアート国際主義ではなかったのか。

(2)軍事強化の夢の強調と見当たらない核軍縮の見地
  「中華人民の夢」の重要な柱の一つが軍事力強化・軍隊振興の新たな局面を切り開くこと。軍事強化のトップの任務に「海上諸権益の擁護」。一方、国際的な核軍縮、軍備縮小の重要性への言及も国際的呼びかけも不在。

(3)どこに行ったのか反帝主義?
  反米・反帝国主義の主張も不存在。代わって調和に満ちた世界観。「世界の多極化、経済のグローバル化、社会の情報化、文化の多様性が深まり、グローバル・ガバナンス体系と国際秩序の変革が早まり、各国間の連携と相互依存が日増しに強まり、国際的な力関係が均衡し、平和発展の体制が逆転しえないもの」。
  「中国網」(2018.5.12)に「習近平報告」を敷衍する注目すべき寄稿文「第二次冷戦、中米間で発生せず」を掲載。その基本的な論旨は次の通り。
*かつては冷戦の次の4基本条件があった。(ⅰ)根本的なイデオロギー対立(ⅱ)両陣営で全く独立した経済圏の存在(ⅲ)世界が二つの陣営に分裂・対立(ⅳ)双方がNATOとWTOとの軍事ブロックに分かれて対立。
*現在の中米関係はイデオロギー対立ではなく利益の衝突だ。中米はすでに相互依存し、不可逆的な経済関係を構築している。相互の経済はグローバル化の中で世界経済と一体化しており、中国は「反米統一戦線」を構築することはない。

 

13. 「一路」をめぐる軍事的緊張
 中国の最近の大幅な軍事予算の拡大を非難し、中国の日本への軍事的脅威・領土的脅威を煽る日本政府・ブルジョア論評は、日米の軍事力強化を正当化するための主張でしかない。
中国の「第1列島線」、東シナ海、台湾、南シナ海を囲む海域の防衛のための「A2/AD(Anti-Access/Area-Denial)」=「アクセス拒否・領域拒否作戦」(アメリカ側の命名)は、中国本土に対する日米の侵略的軍事脅威に対抗する防衛戦略。
それと南沙・西沙諸島問題は別問題。中国は、ヴェトナムなどに武力的威嚇を行使している。それは社会主義国の取る態度ではない。南沙・西沙諸島問題は関係各国の話し合いによって解決されるべき問題。一方、このA2/AD防衛線を突破する米戦略、つまり中国本土の攻撃をめざす海・空連携戦略名が「Air-Sea Battle(ASB)」、現在名は「JAM-GC」(「国際公共財におけるアクセスと機動のための統合構想」)。

(1)中国のシーレーン防衛
 (ⅰ)アメリカの「インド太平洋戦略」
「一路」は単なるインフラ投資対象地域だけではなく、中国のエネルギー生命線である石油輸送ルートに相当。一方、アメリカ帝国主義は、インド洋・アラビア海・中東の覇権を維持するため「インド太平洋戦略」を対置。インド洋・ディエゴガルシア島(英領)に米軍のインド洋最大の空軍基地・海軍基地(湾岸戦争・イラク戦争・アフガン攻撃の出撃基地)が存在。
  中国の強い反発。「米国が『インド太平洋戦略』を実行するのは、インド太平洋地域において、政治(民主主義の価値観)、外交(徒党を組む)、軍事(軍事演習、武器売却)などの総合的手段を講じて、中国の台頭を抑え込み、中国の影響協力を弱めること、自国の覇権的地位を維持・確保することが目的だ」(「人民網」2018.2.22)。
 (ⅱ)石油ルートと中東・アフリカ投資の防衛
  ジプチ軍事基地。紅海の入り口に位置し、石油輸送ルート確保やアフリカ投資の安全を確保ための要衝。中国による中東石油の輸入量は年々増加。中国が港湾整備したオマーンからは2016年の石油輸出の8割近くが中国向け。中国の石油輸入量は2016年には922万バーレル(ちなみに日本は418万バーレル)。中国は南スーダンに有力なPKO軍事部隊を派遣しているが、産油国南スーダンの最大の石油輸出先は中国。その他、中国工商銀行は2016年サウジの電力公社に15億ドルの投資(「日本経済新聞」2017.9.24)。アラブ首長国連邦(UAE)アブダビの海上油田の権益の獲得(40年間、11億7500万ドル=約1250億円、「日本経済新聞」2018.3.22)。
 在外資産が増えれば、それを守る必要が生じる。すると自国資産が存在する他国に軍を展開する必要性に迫られる。それは社会主義国家がすべきことではない。
  中国の対外経済活動の重要な分野の一つは労働者の海外派遣(上記、第10節参照)。リビア内戦時(2011年)には数万人の中国人の避難実施。イエメン内戦時も同様(「朝日新聞」2017.8.16)。
 (ⅲ)アフリカへのPKOと艦隊の派遣
  中国のPKO派遣の重点の一つはアフリカ。「アフリカの平和・安全維持の問題においてアフリカ連合など地域および準地域組織の果たす重要な役割を重視し、PKOの強みを十分に発揮」(中国の呉海涛・国連次席大使「人民網」2017.10.30)。国連PKO出資額で世界第2位。
  中国海軍の作戦の重点の一つも、アフリカ周辺。「第27次護衛艦隊(ミサイル駆逐艦『海口』、ミサイル護衛艦『岳陽』、遠洋総合補給艦『青海湖』)がアフリカ3国(モロッコ、チュニジア、アルジェリア)訪問を終える」(「人民網」2018.1.30)、第28次護衛艦隊をアフリカ周辺に派遣し「アデン湾某海域で特殊部隊による実弾射撃訓練を実施」(「人民網」2018.1.3)。

 (2)初の国産空母の進水、原子力空母建造も計画か?
  中国の初の国産空母が2017年4月に進水し5月13日、試験航海に。「中国海軍の空母総合作戦能力構築の征途における新たな出発点だ。・・・現代の海上機動戦において空母戦闘群は代替不可能な地位と役割をもつ」(「人民網」2018.4.2)。国有企業で艦艇建造などを手掛ける中国船舶重工業集団は「今後の目標を定めた『綱要』に原子力空母の開発計画を明記した。上海の造船所では2隻目の国産空母の建造が進んでいる・・・香港紙によると中国は30年までに4隻目の空母を運用する計画を持つ」(「日本経済新聞」2018.3.1)。
 もし、この報道が真実であるとすれば、原子力空母が航続距離の極めて長い外征用の軍艦であることは周知のとおり。

 

14.おわりに

 以上に見たように、中国は社会主義市場経済という資本主義的手法を駆使することによって絶対的貧困から抜け出した。しかしそこからは驚くべき貧富の格差が生じ、深刻な相対的貧困問題を生み出した。さらに憂慮すべきことは、社会主義市場経済が海外投資の急増と、在外資産の防衛問題まで引き起こし、社会主義のイメージの悪化すら引き起こしつつあることである。
 筆者は、嫌中・反中キャンペーンはもちろんのこと、中国と日米欧帝国主義を同列に批判することにも反対である。だが、事実は事実として、中国の社会主義からの逸脱と危険な資本主義的発展については、厳しく批判し続ける。それ抜きには今日の世界のできごとを正しく理解できないし、また21世紀の社会主義を展望できないからである。